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おかゆ

北でも南でも、東でも西でもないところに、海に突き出た岬があった。岬の先端、ひょろひょろと立つ古い灯台には、一人の少女が住んでいる。名前はモーリ。髪は海風に晒されて、いつもぱさぱさだ。

モーリを訪ねて、時々男の人魚が岬を訪れる。名前はメメン。黒髪に海の瞳をしている。鱗は森の色だった。

二人は一緒にお喋りや、散歩や、お菓子や、夜更かしを楽しんだ。そしてもちろん、時折喧嘩もした。モーリとメメンは友達だった。


 四月の最初の朝だった。メメンは砂浜に肘をついてぼんやりと空を見ていた。空はきらきらと乾いた青で、今日は雨が降りそうもないな、とメメンは思った。続いて岩の間に生えた、いくつかの灌木と花のことを思った。あの青い花はもう咲いただろうか。風が前髪をゆるく嬲る。ふいに砂浜の向こうから、ぱたぱたと軽い足音がこちらへ近づいてきた。浜までの細い道をモーリが駆け下りてくる。

「おはよう」

「ねえ、見て!」

「お、は、よ、う」

 立ち止まったシルエットは両腕に何かを抱えている。不服気に口を尖らせて、モーリがおはよう!と言った。それから銀色の塊を掲げて、見せて、おかゆ!と嬉しそうに叫んだ。危なっかしく揺れながら太陽の光を受けるのは、ぼこぼこに凹んだ小さな、けれどモーリの腕には十分大きな、銀色の鍋。

「おかゆだって?」

 頬から手を離して顔を上げたメメンに大袈裟に頷いて、モーリがしゃがみこむ。そうっとした手つきで降ろされた鍋を、二つの頭が覗きこんだ。底の方で小麦色のおかゆがどろりと寝そべっている。

「どうしたんだ」

「作ったの」

「誰が?」

「私よ、もちろん」

 得意げな顔をするモーリをメメンはしげしげと眺めた。視線を浴びるたびモーリは少しずつ胸を張る。

「驚いた」

 心の底から正直な気持ちで、メメンが言った。モーリが何か料理、まともな料理を作ってみせたのはこれが初めてのことだった。

 にんまりと笑ってモーリが言った。

「一緒に食べよう」

 そこで二人は鍋に刺さったスプーンを手に取った。陽射しのせいかおかゆのせいか、銀色の柄は少し生温い。

 のったりと重たいそれを掬って、メメンとモーリは顔を見合わせた。

「乾杯」

 重々しく呟いて、モーリが一つ頷いた。

「乾杯」

 頷き返して、メメンはスプーンを口へ運んだ。

 少量のそれを二人がもぐもぐと咀嚼する間、砂浜に少しの沈黙が降りた。ざざざ、と春の波の音が静かに滑る。

「うーむ」

 口の中のそれを呑み込んで、スプーンを握ったままメメンが唸った。同様におかゆを呑み込んだモーリは、顔をしかめて鍋を覗きこんだ。

「これは…」

「変な味」

「いや、まあ、うん。個性的だな」

「こせいてき」

 きょとん、とモーリが瞬いた。緩んだ手の中でスプーンが傾き、中身のおかゆが落ちてべしょりと音を立てた。

「それ、どういう意味?」

「うーん」

 メメンはまた唸った。数瞬の沈黙。やわらかい春の風に小石がころりと転がる。

「他にない、モーリだけの味で素敵。ってことかな」

「他にない、私だけの味!」

 途端に嬉しそうに繰り返して、モーリが両腕を振り上げた。その場でぴょんと立ちあがる。

「個性的なおかゆね」

「まあ、そうだな」

「すてき。それならこのままでいいわ。私、食べ易いようにお皿を取って来る」

 何かを言う間もなく、ぱたぱたと音を立てて走って行ったモーリの後姿を、メメンはぼんやりと見送った。白いスカートがひらひらと光りながら遠ざかる。それから頬杖をついて、空を見上げた。青く抜ける春の空。

「ま、期待はしてなかったさ」

 そう呟いて、メメンは個性的などろどろの固まりへスプーンを突き立てた。


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