封印
やっと、ヒロインが登場しました。
誠也は、神殿に向かって歩いていた。
神殿には、高い移置にバルコニーがあり、その両脇から白くて長い階段が広場と神殿を繋いでいた。本来であれば、広場に民衆が集まり、バルコニーで演説でもするのだろう。だが、今回はバルコニーに戦女神を置き、マスター希望の男たちを階段に並ばせるのに使用されている。階段に並び、自分の順番を待つ男たちと、広場からは死角になって見えないバルコニー、そして儀式を終え、去っていく男たち。誠也はこれを見ているとなんとなく日本の某アイドルの握手会を思い出すのだった。
取り敢えず最後尾に並び、係りの騎士に説明を受けた。
まず、順番が来たら戦女神と握手をする。マスターと封印未の戦女神に身体的な接触があれば、反応があるのでそれで判断するのだそうだ。そして、マスターの資格のある男がキスをすれば、儀式自体が終了となるのである。ちなみにキスは戦女神の唇でなくても、体のどこでもっよい。その後、宣誓等はなくそのまま放り出される。所々、緩いと思う所があるが、これは仕方のないことなのである。封印未の戦女神は、兵士によって囲まれ能力を使えばすぐに対処できるようになっている。だが、能力は使われないに越したことはないため、戦女神に過度の負担をかけないようにこのようになっているのだ。
時間が経てば順番が進む。誠也の順番にが近づくにつれて、徐々に死角だったバルコニーの中が見え始めた。女の子と周りを囲む鎧の騎士、女の子は誠也の移置からはよく見えなかったのだが、腰まで伸びた艶のある黒髪がとても美しく印象的だった。
「綺麗な黒髪だな」
誠也は呟いた。ファンタジーならではのカラフルな髪の女の子も魅力的だが、誠也は生粋の日本人である。日本人であれば、美しい黒髪は女性らしさの象徴であり、黒髪ロングの女性とは日本男児の夢そのものなのだ。端的に言うならば単純に誠也が黒髪の女の子が大好きなだけなのだが。
いよいよ誠也の順番になり、誠也は女の子の前に立った。遠目に見たときには美しい黒髪が印象的だったが、近くで見てみると、誠也と同じくらいの年頃の女の子であるらしく、年頃の少女らしい可愛らしい顔をしていた。ただ、残念なのは、少女は伏し目がちに手だけを前に出している状態で怯えているような印象を受けるところである。服も女の子には相応しくない、白色の囚人服の様な服を着せられており、全体的に暗い雰囲気を女の子は出していた。
「おい、さっさとしろ」
誠也が女の子を観察していると、一人だけデザインの違う鎧を装備した騎士に命令された。誠也は素直に命令に従い、女の子と握手を交わした。握手と言っても女の子の手が誠也の手を握ることはなく、誠也が一方的に手を握るだけという握手と呼ぶには微妙なものだった。しかし、それでも変化は起きた。女の子の体が幻想的な光に包まれたのだ。
「なんだ、今回はあまり時間が掛からなかったな」
この現象がマスターの証明のようで騎士の一人がそう言った。幻想的な光を放つ女の子がとても美しく、見惚れていた誠也だったのだが騎士の言葉にまだ途中であったことを思い出した。
「これからキスをすればいいのか」
「そうだ。早くしろ」
誠也がそう訊くと騎士が答え、女の子はキスという言葉を聞いて顔を下げたまま震え始めた。女の子にとってキスは大切なものである。よく知らない男とするのは絶対にしたくはないだろう。そして、誠也も怯える女の子と無理やりキスをしても楽しくも嬉しくもない。しかし、この場ではキスをしなければならない。誠也は心の中で謝りながら、握手したままだった手を握りながら片膝を突き、彼女の顔がみえるように顔を上に向けた。
「俺は、今、君を怖がらせてばかりいる。だが君がこの人に付いてきて良かったと思えるように努力するつもりだ。だから、この場での封印をすることを許してほしい」
誠也は、そう言うと膝を突いたまま、恭しく女の子の手の甲に軽くキスをした。すると、女の子の体から放たれていた光が徐々に弱まり封印が完了した。まるで女神に忠誠を誓うナイトの様な誠也の行動に周りの騎士や、順番を待っていた男たちには奇妙な姿に思えただろう。
だが、それで良いのだ。誠也にとって女の子とは男のロマン、夢であると同時に、守るべき世界で一番大切なものなのだから。女の子も暗かった表情を驚きの表情に変えて誠也を見ていた。表情を変えた女の子に誠也は嬉しくて笑いながこう言った。
「これからよろしく頼むよ。俺は、こっちに詳しくないから迷惑を掛けることが多いと思うけど・・・呆れずについて来てくれると嬉しい」
誠也は、そのまま女の子の手を握ったままその場を去った・・・
その場を去ろうとしたのだが、去り際に騎士にきっちりと注意事項の書かれた紙を渡され、説明を受けた。
「封印された戦女神は、マスターの所有物となる。故に戦女神が何か罪を犯した場合、それはマスターである君の罪となる」
つまり、この騎士はこう言いたいのだ。戦女神が何かやらかさない様にしっかり管理しろ。もし、戦女神を使って事を起こせば、それはそのままマスターの罪になると。言外に脅しているのだ。
「そんな物騒なことはしないさ。それじゃあ、失礼」
誠也は、騎士にそう言うと今度こそ街中に姿を消した。
「君の名前は」
「・・・ミーリィ。 ミーリィ グラーノ」
道を歩きながら、誠也は訊ねた。ちなみに、彼女が俯いたままなのではぐれない為に手は繋いだままだ。
質問に対して、暗い声でミーリィは答えた。
「わかった。取り敢えず、グラーノさんって呼ばせてもらうよ」
誠也の言葉にただ頷くだけのミーリィ。どうしたものか誠也は考えていたのだが、ふと周りを見渡すと、周りの視線がこちらを向いていることに気付いた。神殿近くにいた男たちは、ミーリィが戦女神であることを知っているのだから、当たり前の反応である。人のいない所で話がしたいが、お金を持っていないため部屋を借りることもできない。
「んー取り敢えず、金を手に入れないと」
誠也のつぶやきにビクッと震えるミーリィ。しかし、誠也は熟考中のためそれに気づかずそのまま続けた。
「一番楽なのは、物を売ることか・・・。グラーノさん、どこか、物を売れる店を知らないか」
誠也が、ミーリィの方を向くとガタガタと震えていた。その反応に自分の発言が変な意味に聞こえることに気付いた誠也は、顔を彼女の目の移置まで下げ謝った。
「すまない。そういう意味じゃないんだ。普通の意味で物を売る場所・・・。そうだな、服を売れる場所を知ってないか」
どうやら、ミーリィの頭の中には物=自分という図式が出来上がっているらしい。誠也は、女の子を物呼ばわりするつもりはないし、それが普通だと思っている。故にミーリィに不安を与えてしまったのだが、彼女のこの反応に誠也は悲しいと思った。
誠也の話を信じてくれたのか、ミーリィは顔を上げ、キョロキョロと辺りを見渡すと一つの店を指差す。
店の名前は「輸入裁縫店 エンゼル」何とも変な名前だが、周りには洋服屋がないようなので誠也たちはその店に入って行った。
「あら、いらっしゃい。何をお求めかしらん」
店に入ると奇抜な恰好をした、店長らしい女性に迎えられた。年は三十くらい、パーマをかけた様な髪を赤や黄色、紫と目が痛くなるような髪色に染めている。よく見ると色の境目には、色が混じったような部分はなく、高い美容スキルがあることを感じさせる。のだが、とにかくインパクトがすごかったため誠也は、びっくりしてそこら辺はどうでもよかった。
「あー、服を売りたいんだが、これは売れるか」
誠也は、さっと制服のブレザーを脱ぐと店長の前に差し出した。
「もー、いきなり大胆ねー。いいわ、見てあげる。」
店長は腰をくねらせながら、ブレザーを受け取った。すると、目の色を変えたように制服を見始めた。
「これは、すごいわね。網目も細かいし、装飾も美しい。何よりとても丈夫だわ」
テンプレなら、ファンタジー世界では地球の洋服は金になる。これには様々な要因があるが、もっとも単純なのは、服自体が現代の地球に比べ高価だからだ。工場で大量生産が可能な地球に比べ、すべてハンドメイドで作らなければならないこちらの方が金がかかってしまうからだ。
誠也は店内の商品を見て回りながら鑑定結果を待った。
「気に入ったわ。これを金貨十枚で買うわ」
「わかった。それでいい」
誠也は、店の商品の値段と買い取り額を比べてそう判断した。店の商品の中で一番高い物で金貨三十枚。
そこら辺の人達が着ている服ならば金貨一枚と銀貨数枚で購入できることからそう判断したのだ。
もっとも、相場がわからないので買い叩かれたかもしれないのだが、誠也にとってはただのブレザーだし、取り敢えず金がほしかったので気にしないことに誠也はしたのである。
「ありがとー。またいらっしゃいねー」
誠也たちが店を出ると、店長が投げキスで送り出してくれた。ちなみに女の子大好き誠也の守備範囲は上なら二十代までだ。なので投げキスは勘弁してほしかったのが誠也の思いであった。
適当な宿屋に入ると、今度は普通の女将さんが迎えてくれた。
「いらっしゃい、泊まりかい。風呂付の部屋なら一泊銀貨4枚。風呂なしなら銀貨2枚だよ」
「そうだな。七日間、風呂付に泊まりたいんだが、割引とかできないか」
「一週間ね。それなら、銀貨五枚引いて金貨2枚と銀貨3枚にしてあげる。部屋は一つで良いかい」
「あー、金に余裕がないんでな。一部屋で頼む」
「うちは飯は別だから、飯はどうにかしてくれ」
女将の案内を受け、誠也たちは部屋に入った。部屋の中は綺麗に整っていて、シンプルではあるもののとても品の良い部屋だった。部屋に入ると誠也はミーリィをベッドに座らせ、自分は椅子に座った。
椅子に座ることで落ち着いた誠也は今後について考え始めた。
誠也には、この世界でわからないことが多すぎる。問題を一気に解決するのは無理だ。だから、一個ずつ解決するしかないのだが・・・
誠也は、ちらっとミーリィを見るとおもむろに立ち上がり彼女の肩を掴んだ。
ビックと体を震わせるミーリィ。恐怖からか顔が青くなるミーリィに迫った誠也は・・・
「よしっ、グラーノさんの服を買おう」
「はい?」
変な事を言いだし、ミーリィはまたまた可憐な顔に驚いた表情を浮かべるのだった。
一応、通貨は、金貨が一万円。銀貨が千円で計算しています。銅貨は、百円です。
ちなみに、女将さんがさらっと言っていましたが、七日間が一週間になっています。なので暦は地球のカレンダーとほとんど差がないです。