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ソウル・オン  作者: きたみなみ
2/5

②受験

#4



肌を突き刺す寒風が吹き止み始め、一年の学校生活も終わりへと向かう時期。俺は、この十五年の人生の中で、最も大きな壁が立ちはだかっていた。そう。


______高校受験だ。


この地域では公立の方が、頭が良い所が多いため、滑り止めとしての私立高校は近くの進学校に決め、先月二月に、とっくに受験を終わらせた。結果は合格。次席(二番)合格だったため、入学した暁には、特待生として学費がある程度軽減されることになっていた。


しかし、俺の本命は公立高校。其処には俺の友達が大勢志願すると聞き、一発で此処に決めた。勉強なんてどうでも良い、とは思わないが、楽しいに越したことはない。

(もっと)も、俺の類稀(たぐいまれ)なる運動神経を耳にした高校からスポーツ推薦が掛かっていたが、即座に一蹴(いっしゅう)した。推薦蹴るなんて何て勿体無いことを!とか、その推薦俺にくれ!とか言って来る奴が居たが、其奴等にはこう言ってやった。


『じゃあこの推薦はお前に譲るよ。俺が推薦したとなれば、高校の方もある程度興味を持つだろうな。そしたら、強豪ばかりが揃っている中でお前だけがヘボで、大恥かいて、最悪、退学だな。まあ頑張れ。今から高校にお前のこと推薦しといてやるから』

携帯取り出していじっていたら、本気で止められた。俺は、相手が、例え冗談で言っていたとしても、それを倍返しにして返さなければ気が済まないタチなんでね。


それに、携帯をブン取ろうと躍起になっている顔を見ると、ニヤケずには居られなかった。この俺から奪い取れるわけないのに。

そんな事はさて置き、今日は受験一日目、筆記テストがある。そして、明日は面接。友達と遊ぶのを我慢して必死に勉強したんだ。受からなくては困る。


「悠ぅ〜。朝ご飯出来たぞ、さっさと食え」


姉貴がエプロン姿で、仮眠を取っていた俺を揺すってきた。………なんだよ、裸エプロンじゃねーのかよ!と思ってしまう思春期男子の今日この頃。


「今日は合格を祈って、特別メニューてんこ盛りにしたぞ。姉の愛をしっかり受け取れ」


《勝つ》でトンカツ、《受かる》でカルビ丼・カルボナーラ、《受かれ》でカレー等々(などなど)。料理ではないが、《合格》で五角箸が用意されていた。いつもは質素な定番メニューしか乗らないウチのテーブルが、今日限りは、ゲンを担ぎまくった豪勢な料理の数々で埋まっていた。


「この愛を全部受け取ったら、テスト中に吐き出して失格だな」

「上手いこと言うなぁ〜。その調子で受験も頑張れよ!」


と言って、俺の背中を盛大に叩き飛ばそうとする姉貴。しかし俺は、それを華麗に受け流し、その勢いで背負い投げをくらわせた。畳じゃないから結構痛いだろうな。

俺にS気質なところがあるのは認めるが、苦しみや憎しみの類の感情を向けられるのは好かない。と言うか、嫌いだ。簡単に言って、弄るのは好きだが虐めるのは嫌いだ、ということだ。逆に、最も好きな感情は、困惑。

「おい、大丈夫か」

「………………………」

あ、ダメだ、泡吹いてやがる。

後で背中にシップ貼ってやるか。



#5



「ご馳走様。大変美味しゅうございました」


どれもこれも胃が(もた)れそうな料理ばかりだったため、カルビ丼の肉無しバージョンと、冷蔵庫に有った野菜でサラダ作って、ヨーグルトをデザートにした。一回だけ興味本位で五角箸を使ってみたが、添える為の中指の第二関節が地味に痛かったり、フィットしないせいで心なしかイライラしてきたりしたので、いつもの丸箸に即刻取り替えた。


関係無い話だが、この五角箸を使っている時、受験中に五角鉛筆使ったら書きにくくてイライラしそうだ、なんて思った。


「鉛筆四本、消しゴム二個。コンパス、三角定規、タオルに水筒に弁当っと」

持ち物の最終チェックを終え、ビシッと制服を着た俺は、姉さんの背中にサロンカスを貼ってやり、意気揚々と玄関のドアを開け放った。


「わっ!」


第二次成長期の終盤に差し掛かっている筈のこの時期にも関わらず、全く声変わりをしていない甲高い声。俺の目の前に居る、セーラー服を着たその子は、俺がドアを開けた瞬間に大声をあげた。


「………何してんだ、美琴」

「ええっ、驚かないの!つまんないのっ」


胡桃色のセミロング。肩まで掛かった枝毛知らずのその髪は、美琴が駄々を捏ねると同時に流れる様に波打ち、朝日に照らされて金色に煌めいた。


「お前、今日は流石に普通の着て来いよ」

「ボクにとっては、これが普通だも〜ん!」


見せ付ける様に体を回転させ、スカートが広がり、雪の様に白く柔らかそうなその太ももが一瞬露わになった。

こいつの事を一言で表すなら、《可愛い》だ。だがしかし、こいつの正体を知っている俺等にとっては、絶対にその言葉を発してはいけない。例えるなら、そう、《禁忌の言葉》。こいつが普通の女子中学生だったら良かったのかもしれない。だがこいつは、こいつは______。


「あれ?もしかして、興奮した?だよねだよね、普通そうだよね!思春期真っ盛りだもんね!興奮しても仕方ないよねっ、うんうん!」

「______お前、男だろうが!」


そう、男なんだ。そこらの女子より断然可愛いこいつは。毛が全く生えてこないこいつは。今だにソプラノな声を持つこいつは。

______男なんだぁぁあ!


「男相手に興奮してたまるか!」

「そんな事言っちゃって〜。実はメチャクチャにしたいとか思ってるでしょ」

「思ってねーよ!」


語勢を強くして反論した瞬間、美琴の表情が少し曇ったが、直ぐに頬をピンクに染めながら顔を上げた。


「………でもボクは、悠くんにだったら、メチャクチャにされても………、良い、よ?」

「ぐっ、よ、寄るな!」

涙目、しかも上目遣いだぞ。背が低いから必然的にこうなってしまうのは仕方ないことなのだが、分かっていても、その威力は半端では無い。その辺をブラついている男相手だったら一発K.O.間違い無しだ。

いつもは小悪魔的な行動が多く、わざとやっている事が殆どだが、時折天然な部分が現れるのだからタチが悪い。

こういうところが有るから、俺はどうしてもこいつを弄れないんだ。


「そ、それより、早く行こうぜ。間に合わねえ」

「うん、そうだね。早く行こっ!」


その無垢な笑顔は性別を超越し、見る者全てを魅了する。女子よりも可愛い男の娘、その名は神谷美琴。老若男女関係無く、彼を愛する者は後を絶たない。

俺に気が有る素振りを見せ続けるため、俺はその手の生徒からの反感を買うことが多々あるが、美琴にそれを言うことは出来ない。何故なら、可愛いから。


結論。

『可愛いは-性別さえも-凌駕する』by悠



#6



「幾万年の時を経て、漸く再び巡り会えた事を喜ばしく思うぞ、神連悠。又の名を、神殺者(ロードオブワールド)

「よう、リン。相変わらず脳内が闇の力に飲まれているな」

「我の名はリンなどではない!桐生輪廻だ!又の名を不死王(ロードオブライフ)。其方は世界を統べし陸の覇者(ブレイバー)。我は生命を統べし海の(ルーラー)。そして隣に居る神谷美琴。貴様は______」

「時空を統べし空の女神(プリンセス)空裂神(ロードオブエリクシール)、だよね」

「その通りだ。我の持つ闇聖書(マビノギオン)には『三の統治者(ロード)が集いし時、世界の終焉への歯車が回り始めるであろう』と示されている」

「と言う設定だな」


言わずもがな、こいつは学校きっての厨ニ病だ。名前が桐生輪廻と無駄にカッコ良いせいもあるのか、もう直ぐ中学卒業だと言うのに、脳内は中ニの時のまま止まっている。

しかしその知能はそれに反比例する様に真逆だ。

自慢ではないが俺は、先月受験した私立高校を次席で合格した。しかし、このリンはなんと、主席で合格したのだ。


毎日毎日勉強せずに、

『先代の不死王(ロードオブライフ)が遺した闇聖書零式(マビノギオン・ゼロルート)を探しに逝って来る。此処とは異なる世界に存在が確認されている為、一度命を落とさねばならない。しかし、心配する必要は無い。我は不死王、何度死んでも生き返るさ。ハハハハハ!では逝って来る』

などと頭のおかしい発言を繰り返しているのだが、定期テストでは常にオール満点。はっきり言って化け物だ。


果てには、電源の入っていない携帯を取り出して、

『何?地獄の門が開かれただと。………すまない神殺者(ロードオブワールド)。此れから一週間程、この世界を留守にする。勝手なのは承知の上、だが、我は行かねばならぬ!我が留守にしている間、この世界は、お前に託したぞ。神殺者(ロードオブワールド)!』

と言って、本気で家からも居なくなってしまった時も有った。

勿論学校にも来ず、電話をしても繋がらない。リンの親とも連絡を取り合ったが、知っている素振りすら見せなかった。


しかしその親は、

『あの子の事だから直ぐに戻るでしょ。あっ、そうだ。悠君、今日はウチで夕ご飯食べて行かない?輪廻の分が余っちゃって』

と、寂しさを紛らわすわけでも何でも無く、本気で無視をしていた。まあ、小さい頃からの事だから分からなくはないが、せめてもう少し自分の子供の事を考えてやれよ、と言ってやりたかった。


「いや〜、リンちゃんは受験の日でも絶好調だね」

「何、受験(サバイバル)だと?)」

受験をサバイバルと(ルビ)るか。いつもながら、なかなかのセンスだ。


「そう言えば今日であったな。完全に我のメモリーワールドから除外されていた」

「は?何言ってんだお前。じゃあ、勉強してないのか?」

フッ、と俺らを嘲笑するように笑ったリンは、髪をオールバックにして睨みを効かせる様に言葉を続けた。


「当然だ」


「なめるな!」

「なめないでよ!」

マジで、こいつの頭どうかしてるだろ。どうせこの高校でも主席合格するに決まっている。


いつもニコニコと笑顔を振りまいている美琴でさえ憤慨している。しかし、プンスカしているこいつも可愛______っと、危ねえ。ついに俺の脳が腐り始めて来たか、新高一の身にして。

と、ここで一つの疑問が浮かんだ。


「お前、受験を知らなかったってんなら、なんで制服着て荷物持ってんだ?」


此処はウチの中学校とは少し離れた所に有る。リンが中学校に行くときと真逆の方向だ。それに、この時間は登校するには早過ぎる。


「ふむ。良い質問だ」

メガネを付けたガリ勉先生か、お前は。


「実はな、幾百年の歳月を掛けて探している先代の闇聖書(マビノギオン)を今日こそ探し当てようと、学校(プリズン)へと向かうついでに寄り道をしていたのだ。此処は登校路と逆な故、かなり早い時間に出立したわけだ。しかし、異世界へ行く為にはその質量が問題なのだ。そうして導き出した質量は、鉛筆四本、消しゴム二個。コンパス、三角定規、タオルに水筒に弁当の組み合わせがベストだったのだ!」

「「もう運どころの騒ぎじゃない(よ)!神の加護レベルだ(よ)!」」

「いつもながら、仲が良いな。もう付き合えば良かろう」

「つ、付き合う………♡」

「ばっ………何言ってんだ!こいつは男だ!誰が何と言おうと男だ!恋愛対象になることは絶対にない!ありえない!」

美琴の表情がピンクに染まって幸せそうな顔をしていると思っていたら、何故かいきなり真っ黒に暗く沈んだ。そんな変なこと言ったか、俺。


「………そろそろ美琴の気持ちを察してやれ、と言っても無駄だろうな。さあ、そろそろ行くぞ。一世一代の大勝負だ。この分かれ道は小さくとも、将来を考えれば大きな分かれ道となる。絶対に三人で合格するぞ!」

「「リンちゃん(てめえ)がそれを言う(か)!」」

受験忘れてた奴が良く言うぜ。そもそも勉強すらしてないくせに。

「やはり仲良いな。………羨ましい」

リンが言葉の後に、小さい声で何かをボソッと呟いた。


「何か言ったか?」

「いや、何でも無い。さあ行くぞ、最終決戦(ラストステージ)だ!」

「いや、大学も有るだろ。そうじゃなきゃ就活が」

「………もっとムードを大切にしてくれ、悠」


失望した様な顔をしてこっちを見ないでくれ。それと何故か、言葉遣いが素に戻っているぞ。


#7


「お、此処だな」


公立神丘高校。全国的に見たレベルは上の中、地方高校としては最高位に位置する高校だ。勉強だけでなく、部活も盛んで、様々な部活がある中で半数以上が県大会出場し、中には全国レベルのところもあるらしい。正に文武両道を具現化した様な学校だ。その代わり、低いところはトコトン低いとかなんとか。


生徒数は三学年合わせて二千人とかなり多く、それと釣り合わせるかの様に学校も巨大で、まるで迷路の様だという話をよく聞く。一度見学しに来たときも、トイレを見つけて元の場所へ戻るまで、三十分掛かってしまった記憶がある。姉貴が此処の卒業生で生徒会長もしていたのだが、卒業前に全ての部屋に挨拶をしようとした結果、六時間程掛かったと言っていた。て言うか、あの愚姉が生徒会長って、何度考えても笑えてくる。


「あっ、あっちで受付してる。早く行こ!」


美琴が指差した方には、長机が並べられ、三年生と思しきお姉様方が受付を行っていた。今さっき受付が始まったのか、大行列が出来ていた。


「うっわ、男子多いね」


多いねってレベルじゃ無いぞ。九十九%は男子だ。それはもう、一見、男子校と見間違えそうになるくらいだ。残りの一%は、ハアハアと息を荒げている女子だ。こういう系には関わっちゃいけない。

「いや、男子ばかりでは無いぞ。その奥を第三の目で確認してみろ」

「無理に決まってんだろ!」

横に並んでいる男子の列を(くぐ)り抜けると、そこには女子群(パラダイス)が存在した。その列の最先端に居たのは、同じく三年生と思しきイケメン様達で、爽やかスマイルで営業(うけつけ)していた。

女子も男子も、皆が皆、脳内がピンク色に染まっている。


………これから受験だろうが。

定員七百人で受験者はそれよりも二百人程多いから、生徒を受付係にしたのは良い手だと思うが、人選ミスにも程がある。

何故だか急に、この高校に入学する気が失せてきた。

そして、あの男子達の下卑た目を横から見ると、自分が男であることが悲しくなってくる。


「………俺は、他の奴らとは違う」

「おお、流石悠くん!」

「やっと気が付いたか………。来い、幻魔世界・フェレオフラストへ!」


当然お姉様方の列についた。


また美琴がプンスカし始めたが、毎度の事ながら訳が分からない。

「次の方、どうぞ」

「あ、はい」

列の最後らへんについた俺達が呼ばれる頃には既に、周りに殆ど人はいなかった。いくら受付係が美男美女だとしても、流石は受験生。最終的に誘惑を振り払える自我がある。

まあ、美人の色香に惑わされて勉強に集中出来ない奴は、確実に落ちるだろうが。

はっ、まさかこの高校の先生はそれを見越して!なんと狡猾、なんと悪賢い!

俄然、この高校に入学したくなってきたぞ。


「あの〜、どうかしましたか」

「ああいえ、何でもありません。受験番号は0562です」

「では貴方は、教室棟三階三○六教室の二十七番ですね。検討を祈ります。そして、話は変わりますが、隣の可愛い()は彼女さんですか」

「そんなわけ無いじゃないですか。こいつこう見えて男ですよ」

「!!!」

その美女(ひと)は両目をはち切れそうな程見開き、美琴の体を舐め回す様にガン見した。対して美琴は、その美女(ひと)に酷く怯え、学ランの袖を掴んで俺の後ろに隠れた。


「………………リ」

「「「リ?」」」

「リアル男の娘キターーーーー!!!」


目の前の美女がぶっ壊れた。さっきの淑女の様な落ち着いた表情とは打って変わり、だらしなく眉を下げ、涎をダダ漏れし、目が逝っていた。………うん。この人あれだ。駄目な方だ。


「ねえねえっ、何で男子なのにセーラー服着てるの!」

「………あ、あの………。可愛いから、です」

「ぶっはーっ!何この娘、私を萌え死させる気なの!じゃあじゃあ、好きな性別ってどっち!ここ凄く重要なポイントよ!」

「………あっ、ん」


言いにくそうに一度声が(ども)ったが、残念な美女(ひと)の耳の側でボソボソと此方を見ながら話した。


「………………!!!」


美琴がまだ話している途中で、いきなり目がカッと見開いた。

充血してて結構怖いんですけど。


「それ本当!?」

目を見開いた直後、耳を離し、美琴の両肩を力強く掴んで迫った。

いやだから、怖いって。


「………はい。言わないでくださいよ」

「分かってるって。逆に、私が影の恋のキューピッドになってあげる!と言うか、やらせて!ああ、新年度早々ついてるわ!」

「へえ〜、美琴って好きな奴いるんだ。どんな奴だ?やっぱ、節風みたいに男っ気のある女か?」


今になって初めて知ったぞ。美琴に好きな奴がいること。因みに節風とは、『節風暦(ふしがぜこよみ)』と言う、男よりも男勝りな女子(ニュータイプ)だ。神丘高校に陸上競技長距離部門に推薦入学した脳筋で、頭はよろしくない。


「ねえ美琴ちゃん」

「はい」

「あれはバカ?」

「はい。超弩級のバカです」

「なんだ、人に指差してバカバカと!俺は結構頭良いんだぞ。私立高校も次席合格だし」

「なるほど、こりゃバカだわ。ま、美琴ちゃん。私も手伝ってあげるから、頑張りましょ!」

「はい、ありがとうございます!」

「ぶふぅ!」

魅笑(パーフェクトスマイル)、まさか本当に使える者がいたとは………」


もうそろそろ厨ニ卒業しようぜ、いいかげん。今受験真っ只中だぜ。現実を見ようや。


「あっ、そろそろ時間になっちゃう。お姉さんが案内するわ」

「「「お願いします」」」

「おう!いい返事だ。みんな合格してよ!特に美琴ちゃん!」



#8



そこは戦争直後の世界そのもの。勝ち誇った笑みを浮かべて意気揚々と答え合わせをする者もいれば、全身の生気が抜けて消沈する者もいる。

当然俺らは前者だ。


「はあ〜、やっと終わった」

受験(サバイバル)と言うからには、どれほどの者が来るかと身構えたが、小指一本で薙ぎ払える様な雑魚とは。残念極まりない」

受験(サバイバル)、違う。だがまあ、以外と簡単だったよな」

地方高校最高レベルと言うからもっと難しいと思ったが、詰まることなくスラスラと答えを流れ書き出来てしまった。俺でさえこれだからな、リンはもっと手応えが無かったことだろう。勉強してないくせに。こいつはもう、上京して都会の高校入った方が良い気がしてくる。


「あう〜」

対して美琴は、手をぶら下げて机に突っ伏していた。涙らしき水が机の(ふち)から滝の様に流れ落ちている。

………テストの結果が目に浮かぶ。


「どうした美琴」

とりあえず聞いてみた。答えはだいたい予想がつくが。

「………終わった」

当たった。


「な、なにが」

振り向いた顔は、テスト前の明るく無邪気な笑みが失せ、ドス黒くやつれていた。一瞬誰か分からなくてビビった。

「何がって、見れば分かるでしょ見れば………」

深く溜息をつき、明後日の方向を向いた。完全に諦めモードだ。


「ま、まあ、あと一教科あるわけだし。本気出して五十点取ればどうにか………」

「最後って、何?」

ほんの一雫だが、希望が見えた美琴は顔を上げて、答えを求めてきた。

そんな淡い希望を裏切らない為にも、出来るだけ明るく、笑顔で、爽やかに答えた。


「数学」


数学のすの字を言った瞬間、デコが机に衝突した。

痛そ。

「いたい〜」

涙目でデコを抑える姿は、何かソソるものがある。この上に、更に弄りたくなってしまうのは俺だけか?


「ラスト、数学始めるぞ〜。席着け〜」

「んじゃまあ、頑張れよ」

「………うん」

こう見えて美琴は、やる時ゃやるタイプだ。苦手教科と言えど、今回は良い点が取れると______


「で?」


「神ハ、ボクヲ見放シタ」

「………ドンマイとしか言えないっす」

数学はなかなかエゲツない問題が多かった。俺は数学が得意な方だが、これはムズイ。いや、解けなくはないけど時間が無い、の方が適切だな。


「ねえ、ボクだけ受からなかったらどうしよう!」

号泣しながら俺の胸ぐらを掴んで迫って来た。朝の姉貴みたいで怖えよ。


「そん時ゃ、リンと一緒に私立の方に行くさ」

「悠、くん………!」

キラキラした目で見られると、なんか照れ臭いな。

まあ、美琴も幼馴染だし、これぐらいは当然だ。


「サディストなお前も、美琴の前では型無しだな」

「サディストじゃねーよ。こんだけ純な奴を弄ると心がチクチクするんだよ。お前はお前で、弄っても手応えが全く無いからな。もっと弄り甲斐のある奴がいると良いな、高校」

「悠くん、ボク、嫌い?」


そんな仔犬みたいな純粋な目で俺を見るな!俺の汚れた心が惨めになってくる!


「そ、そんなことはないけど」

「けど?」

「こう、もっと、大人びた感じの人と友達になりたいなーって______」

地雷(グラウンドサンダー)を踏んでしまったぞ、神連悠」


直訳かよ。でも何故かカッコ良く聞こえる。

そしてこれも何故か、美琴がこれ以上無いってくらい項垂れていた。

もう何が何だか訳が分からない。


「そ、それはそれとして、そろそろ帰ろうぜ」

「ふむ。我は一刻も早く闇聖書零式(マビノギオン・ゼロルート)の探索に行かなくてはいけぬのでな。二人で仲良く帰宅するが良い。では、さらば!」


全ボタン外した制服の裾を翻し、ハンドグローブを装着しながら走り去って行った。


「………帰るか」

「………うん」


本当、嵐みたいな奴だな、あいつ。だからこそ、突然居なくなると寂しくなるのだが。


「あ、俺先にトイレ行くから、校門前で待っててくれ。すぐ行くから」

「………うん」

「絶対待ってろよ!」


最後に念を押してから、俺は教室を出た。あの暗さだと、美琴は何を起こすかわからない。自虐心が人一倍強く、前に一度自殺しかけたことがあった。

それ以来、その前も、これからも、ずっと俺はそばにいるんだ。美琴を、心を、護るために。


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