魔具
間違いない。あの人だ。
サラサラの黒い髪、黒曜石のように煌めく目。
それにゲームの時と変わらない武器と防具。
間違いない。
「師匠」
ガイザはいつものようにそう呼んで斧を担いで重い腰を上げて動き出した。
「んぉ? お前確か、ボスを付け回してた奴だな。丁度いい。あの時、逃げられてウズウズしてんだ。ぺちゃんこにしていいか?」
「残念だがそれはお断りだ。もう格下相手だろうと俺は油断しないからな」
グラドビの顔に血管のヒビが入る。
「ほぉ格下、俺が格下だと? よく言うぜこのこの野郎!」
しかし、そのハンマーは完全に振り下ろされることはなかった。
「ボ、ボォス。一体なんの真似ですかこれは」
筋肉でできたような腕をガイザが片手で止めていたのだ。これではピクリとも動かない。
「うるせー、手下は手下らしく俺に従えってどっか他のところで暴れてろ。その人は俺の獲物だ」
いつもと違う。適当なガイザではなく、戦う時の殺意を垂れ流しにしている状態のガイザだ。
これに逆らうほどグラドビは馬鹿ではない。
「わ、わかりましたボス」
「ああ、とっとと失せろ」
ハンマーを担ぎ直して他の戦場へ赴いて行った。
「さぁ、これで邪魔者はいなくなったよ師匠」
師匠という言葉に悠斗以外の四人は驚いた。
「し、師匠ってあんた。いつの間に」
最初に口を開いたのは悠斗と一番付き合いが長い美鈴だった。
「ああ、お前にも言ってなかったな。ゲームの時にこいつが弟子入りしてきたんだよ。断る理由もなかったし、暇つぶしに丁度いいお思ったんだが予想より才能があって今ではかなりの実力者になったんだよ」
最初はランキング百位圏外だったのに今では五本の指に入る強者だ。
喜んでいいのかわからない。
「流石悠斗様。教えるのもお上手なんですね」
「そこ褒めるところかしら。つまり敵のリーダーを強くさせたってことでしょ」
確かにシュエルの言う通りだが、ガイザは最初から悪ではなかった。
多分、教えることがなくなり一人でランキング上位を目指せという目標を与えて、別れた後に何かがあったのだろう。
人間は良くも悪くも変わりやすい。
悠斗はそれを身を持って痛感したことがあるのでガイザの噂を聞いても落胆はしなかった。
「まぁ、めんどくさいことは抜きにしよう師匠」
斧を悠斗に突き出して戦いを所望する。
「待ちなさいガイザ! ギルドマスターとして私と勝負しなさい」
これは悪のギルドと正のギルドの戦い、ならばその代表者同士が決着をつけるのが定めと考える美鈴は二つのレイピアを構える。
「なんでお前なんかと戦わなくちゃいけないんだ。俺は師匠と戦いたいんだ!」
邪魔とばかりに悠斗に斬りかかったが、美鈴の二つのか細い剣に防がれる。
「悠斗はみんなを援護して。数じゃあ負けてるからあんたの力が必要なの」
「それぐらいわかってるよ」
美鈴のお願いに応えて、急いで戦地へと走る。
レイナ、アリア、それにシュエルも各々バイオレンスキャッツのメンバーと交戦している。
「クソ邪魔くさい女だ」
作戦通りだ。
もしガイザが現れたら、美鈴が相手をすることにしていた。
これはギルドマスターという点もあるのだが、この戦いでは彼らに撤退を求めているからだ。美鈴ならそれが可能なのだ。
「ランキング五位だからって調子に乗らないで。六位とは大差はないわ」
レイピアで重なり合った斧を弾き返す。
「ほぉ、なかなかやるな。だが師匠ほどではない」
斧を振り回して連続攻撃を仕掛ける。
できるだけ早く終わさせて彼の元へと行きたいのだ。今、会えたがまた会えるという確信はない。だからここで殺したい。
「オオオオオーーーーーーーー‼︎」
右斜め上から叩き落とし、そこから打ち上げる。横になぎ払い、突く。
一撃、一撃の勢いが凄まじい。だが当たらなければいい。
美鈴はその連続攻撃を冷静になってよけていくがそれだと勝てない。ので、隙をついてレイピアを突く。
だが斧の持つ部分で防がれるが、そこは突然に凍りついた。
「魔具かその剣」
魔具。その武器自体が魔力を有している。つまりこの氷は魔法によるものだ。
「だがそんなもんで俺を倒せると思うよなよ」
「いいえ倒せるわ。あんたが崇拝してる師匠にも勝てるかもしれない武器よ」
「何⁉︎」
ガイザは眉をひそめて不機嫌な顔をする。
そんな彼をあざ笑うかのように小さな妖精が十匹現れた。一匹、一匹が冷気を漂わせている氷でできた妖精。
「フローズンフェアリー」
美鈴はその妖精の名を、彼を黙らせる技の名前を誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。




