5、感動の再会
私たちが互いに「家族」として引き合わされたのは、ほんの3年前のことだった。
それも、アルコール中毒で早々にこの世を去った実の父の葬式の席で、だ。
実の父と兄がいることは聞かされていたものの、実父がアル中で死期が近いなどは教えられていなかった。
まさに寝耳に水状態の私に実父の死を悼んでいられるような余裕はなく、むしろ何故教えてくれなかったのかという憤りや不満の方が大きかったように思う。
喪に服す母や義父があれこれと生前の父のことで話しているのを横目で見ながら、私は、実の兄であるという、一度も会ったことのなかった兄の様子を目の端で気にしていた。
私の目には、格別悲しんでいるようにも悄然としているようにも見えなかった兄は、当時は今の私と同じ16歳だったにも関わらず、とても頼もしく映った。
今後どんな形になったとしても、彼のような兄が持てたことを誇らしく思うだろう、とまで確信させるほど堂々としていた。
最初は一人暮らしを決意していたらしい兄を、母が必死に説得し、同居にまで至らせた際には、私は喜んですらいたかもしれない。
だが第一印象と、実際会ってからの印象とでは、がらりとその評価が変わっていった。
『みどり、あんたのお兄ちゃんよ。今日から一緒に住むって話してたでしょ?』
『うん…』
『ほら、あいさつは?』
実の兄にあいさつを強制する実の親というのも変な感じだ。
そう思いながらも、私は申し訳程度にぺこりと頭を下げた。
どういうわけか恥ずかしくて兄の顔が見れず、言うべき言葉も思いつかなかったので、とりあえずそうしたのだ。
『何恥ずかしがってんのかしら、この子。覚えてないかもしれないけど、3歳までは一緒にいたのよ?』
そんな太古の昔のことを持ちだされても、覚えている方がおかしいことに気付いてほしい。
母のおしつけがましい感動の再会シーンにうんざりとしていたとき、それまでだまって成り行きを見守っていた兄が口を開いた。
『かまへん。そんなん、覚えてもへんやろ、その子。俺かて、おふくろと住んどった頃の記憶なんぞとっくにのうなっとるわ』
その一言による効力といったら半端ではなかった。
緩い緊張感で満たされていたその場が、瞬時に凍りついた。
遠慮のない言い方、少し剣呑とした感じにも聞こえる関西弁、そして何より、私のことを「その子」と、なんの気もなしに口にした事実。
この人は、私たち…いや、私と家族になることなど、考えてもいないのだということが、たったの一言でありありと伝わってきた。
そう思い知った時、私は顔をあげて、初めてまともに兄を見ていた。
背が高かった。
そして細身のわりには筋肉質で、見上げた先のその顔は……
自分とまったく似ていない。
タレ気味でぎょろっとした目と、精悍で無駄な肉のそぎ落とされた、どこもかしこも鋭い顔立ち。
高い鼻に薄い唇、目立つ八重歯、堅そうな黒い髪…。
これが、こんな人が、本当に私の実の兄なのだろうか?
本当に?
懐かしさや慕わしさなんて、微塵とも湧いてこない人だというのに。
「これからよろしゅうな、みどりちゃん?」
人を食ったような笑いを浮かべながら兄がそう言ったところで、私たち家族の感動の再会とやらは幕を閉じた。




