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3、不穏な手紙




靴をローファーに履き替えながら何気なく玄関口の向こう側に目をやった。

私の通っている高校は、グラウンドを通らなければ校門へ行きつかない構造になっており、自然と目につくのは外の部活動をする生徒たちだった。

陸上部の何人かがトラックを流して走るその向こうに、白黒のボールを蹴り合っている群衆が見える。


あの中の一人に、たくさんの女の子が黄色い声援を送っていた光景が、ふっと頭をよぎった。

あらゆる筋肉のバネをしならせて、地面を蹴って全力で走る様が、まざまざと浮かび上がる。

私は、黄色い声をあげる女子達の間でじっと眼を凝らし、それを見るのだ。

声を上げず、むしろ気配を殺すようにして、ただ無心に。

それは、とりだしたくもない、いっそ追いやってしまいたいほど鮮烈な記憶。


「あんたのお兄さん、残酷なやつよ」

「え?」


突然かけられた声にひどく驚きながら振り向くと、髪をやや明るく染めている女生徒が、暗い表情でこちらを見ていた。

ネクタイの色を見ると、どうやら三年生のようだ。

個人的な好みの範疇で述べると、大変美人な先輩だ。

けれどこんな美人な人と面識はないし、何を言われているのかさっぱり分からない。


私は、一応周りを確認してみた。

…他には誰もいない。

やはり自分に向けられた言葉で間違いないらしいと観念するしかなかった。


「あの、なんのことですか?私…」


関係ないと思うんですけど、という非常に弱弱しい意見に聞く耳も持てないのか、ややギャル風の美人な先輩はすっと腕を出して、私に受け取れというように顎をしゃくった。


「これ、あんたの兄貴に渡しといて」

「は…?」

「あと、さっきあたしが言ったことも伝えといて。『あなたの元カノが言ってました』…って。…じゃ」

「あ、あの…」


言いたいことだけ言って立ち去った、自称・兄の元カノの後ろ姿を見届けながら、私は茫然とその場に立ち尽くしていた。


手の中には四つ折りのノートの切れ端がある。

なんだか不幸の手紙のように、禍々しいオーラを感じてしまう。

なぜなら彼女は、兄に伝えろと言っておきながら、その視線は明らかに私に対する嫌悪をにじませていたのだ。

ひょっとしてこの紙切れには、びっしりと私の悪口が書き込んであるのでは、とすら思えてくるほどだった。


「にしたって…なんで私が…?」


何にしろ、非常に面倒な事態に陥ったことは明白だ。

この紙切れを兄に届けなければならないということは、少なくとも、一度は兄と対面しなければいけないということになる。

せっかく早く帰ってさっさと家のこと終わらせて寝ようと思っていたのに、とんだ厄介事が舞い込んできたものだ。

重くなる胃に手をあてながら、仕方なしに渡された紙切れを制服のポケットに押し込んだ、そのとき。


―――あんたのお兄さん、残酷なやつよ。


伝えろと言われたセリフが、ぶわっと頭に浮かんだ。


残酷、という直截な表現まで持ち出すほどの、どんなひどいことを兄はやったのか。

考えたくもないのに、あの兄のことだ、どんなことを強いていようとおかしくはないと容易に想像がついた。


(きょうだいというだけで、私には何も責任なんてないはずなのに…こんな不安まで抱かなくちゃいけないなんて、納得いかない。理不尽すぎるよ)


帰る足取りは当然のこと重くなった。






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