19、雨宿り
「お前、平気か…?」
「え?」
雫の滴る髪もそのままに、兄は鋭い視線でそう詰め寄ってきた。
私にはなんのことやらさっぱり分からない。
「な、なにが?なんのこと…?」
「お前……見たんか、あの紙に書いてあったこと」
あの紙とは、もしやさっき渡した例の手紙のことだろうか?
見ているはずもなかったので、首を横に振って否定した。
すると、兄はふぅっとため息をつき、あからさまに安心した様子を見せた。
「どう…したの?」
「どうもこうも…」
兄は言いかけたが、私の後ろに滑り台があるのに気付くと、早々に雨をしのげる空間へと潜り込んだ。
私は全然この展開についていくことができず、そもそも何故兄が私の反応を気にするのか解せずに立ち尽くしていた。
こうなるとなりふり構わずに手紙の内容を確かめておけば良かったと思ったが、後の祭りだ。
「なにしてんねん。はよ来いや」
濡れるに任せて突っ立っていると、兄が力強い腕で体を引っ張ってきた。
私は易々とさっきまで居た場所に戻されてしまう。
雨をしのげる場所は一人ないし二人が限界で、まして兄のようにデカイ図体が加わるとなればなおのこと狭くなった。
毎日、欠かさずにトレーニングしている筋肉バカな体を嫌でも意識してしまう。
(それでも、無駄な筋肉じゃないのが悔しい。戦うための体の一部でしかない…)
よく張っている太ももやふくらはぎを覗けば、兄の体は同年代の同じ体格の人とそう変わらない。
そして、そっと手首を見ると、漲る筋肉を覆う肌には所々に傷がついていた。
サッカーに対してだけは真剣な人だった。いつだって。
「お前が靴も履かんと出て行きよったから…馬鹿なことでもするんちゃうかと」
答えないかと思っていたけれど、兄は私を探しに来た理由をはっきりと口にした。
それがまた、あまりにも見当はずれなのでまたはぐらかしているかと思ったが、伺い見た兄の表情は思いのほか真剣だった。
私は思わず笑ってしまった。
「…馬鹿なことって。自殺とか?」
「最悪、な」
「そんなの…」
するわけがない。
そう言おうとして、声が出ていないことに気付いた。
代わりに漏れていたのは、みっともない嗚咽だった。
どうでもいい補足:同年代と同じ体格とはいっても、179㎝はあります。ポジションはMF。そういう情報が出てこないのは、みどりがまったく興味を持たないせいです。