1、浅い夢から
「はあっ…!…はぁ、はぁ」
あまりの息苦しさと恐怖で私は飛び起きていた。
それと同時に呼吸を素早く繰り返す。
嫌な夢を見た。
どんなに洗っても染みになって取れない汚れのような、しつこい悪夢だ。
内容は、思い出せそうでも、すんでのところで思い出せない。
かなりの不快感だった。
「はあ…はあ…」
気管支が落ち着いてきてもなお、必要以上に酸素を体に取り込む。
新しい空気をゆっくりと入れることで、今見ていた夢が薄まっていくように、そう願いながら深呼吸を繰り返した。
ふと気付けば、寝室の中はほの暗い。
まだ夜が明けていないのだ。
この嫌な余韻を体に残したまま学校へ向かうのは億劫だったので、気持ちを落ち着ける時間があるのはありがたいことだった。
『…ん…ふ…』
ようやく心身ともに人心地がついた時になって、どこからか不快な雑音が聞こえてきた。
最悪なタイミングだった。
それとも、あまりに取り乱していたせいで雑音に気付かなかっただけか。
どちらにしろ、それは私にとって不都合極まりない事実であることに違いはない。
そうしてその雑音の原因もすぐさま突き止めてしまえることすら、忌々しい事実以外の何物でもなかった。
『あ…や…た、かま』
聞こえてくる雑音はいやに甲高く、この家に住む私の家族、母、父、兄、そのどの声とも違っている。
「下品……最低……いなくなればいいのに」
口汚く罵りの言葉を吐き出しながら、私は両手で耳を塞いだ。
おそらく二つ隣の部屋から漏れてきているのであろう雑音は、紛れもなく最中の女の声であり、その原因は二つ上の兄、秋良高馬であることは疑いようもなかった。
せっかく悪夢から目を覚ましたというのに、その悪夢に逃げ込みたくなるほど陰惨な現実が待ち受けていようとは、思いもしなかった。
私は、このふしだらで不誠実な兄のことが、嫌いで、嫌いで、仕方がない。