墓穴ふたつ〜亡国の精霊使いの告解〜
とある国のとある街。
どこかの建物の一室で、その会合は開かれる。
『静かなる花の倶楽部』
会員数は不明。構成員の内訳も不明のその倶楽部は、世間から隠れて、ひっそりと活動している。
会員資格は女性であることと、高く設定された会費が払えること。
過分に集められた会費は、諸経費を抜いて残りを養護院へと寄付されている。もちろん匿名でだ。
『静かなる花の倶楽部』は営利目的ではなく、またそれを喧伝するつもりもないのだから。
主な活動内は、告解。
数名の会員同士が、互いに心に蟠る物事を告白しあう。
それだけの活動だ。
仮面をつけ、灰色のローブを纏い、会員同士は互いが誰なのかを知ることはない。また詮索することもない。
だからこそ語れる。
忌憚なく話し合える。
今、とある国のとある街、どこかにある一室で、その会合が行われていた。
分厚いカーテンによって日光を遮られた薄暗い室内にはテーブルがあり、椅子が三脚。それぞれに灰色のローブ姿の人物が向かい合って座っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
そりゃあ、お嬢さんは悪くないでしょ。
お嬢さんに罪はないよ。あたしが保証する。
ほら、奥さんもこう言ってるんだ。
え? ないでしょ、お嬢さんには。
あんたはちゃんとその子に警告したんでしょ? 橋が腐ってるかもしれないから、気をつけて渡れ、って。
そりゃあ、バカにしてまともに聞かないほうが悪いよ。そんなもん、あんたが気にすることじゃない。
感じが悪い、いつも意地悪ばかりしてくる威張りん坊にも、ちゃんと教えてやったんだからさ。
お嬢さんは義理を果たしてるよ。
その先の結果はその子が選んだことなんだから、まあ、なんていうの? 運命ってやつなんじゃないの?
それでどうなったって、お嬢さんに責任なんてこれっぽっちもないよ。
ああ、そうだよね。でも苦しかったよね。
誰にも言えなくてさ。
ずっと心にしまってたら、どんどん重くなっちゃうよね。わかるよ。
だからあたしもここに来たんだ。
法律で罰を受けない、でも人に話すと非難されそうな経験。
そんなもんを同じように心に重い物を抱えてる同士で打ち明け合うのって、けっこういいものなんじゃない? 話すだけでもね。
お嬢さん……あんた、最初に見たときにあった重苦しい感じがなくなってるよ。
ん? ああ、もちろん、仮面の下の顔色なんてわかりゃしないよ。あたしの顔だって見えないでしょ?
そうじゃなくてさ。纏ってる空気? 雰囲気っていうの? それがドス黒かったのがだいぶ薄くなってるんだよ。
うん。見えるよ。昔からね。
いやいや、魔法なんて大層なもんじゃんないんだよ、奥さん。
聞いたことないですかね?
たぶん奥さんがまだ小さい頃に、大陸の端の国が滅んだのを。
ああ、さすがだわ。ご存知。そう、精霊使いたちの小さい国だったんだ。
あたしはそこの生き残りなんですよ。
……内緒にしてくれるんだよね? ここで話したことは。
うん、よかった。
念を押す前にうっかりツルッと喋っちゃって。
お喋りってのは自分が言わないでおこうと思ったことまで口から出しちゃうんだから……病気みたいなもんだよね。やんなっちゃうわ。
だけどさ、これだけは誰にも言わない、言っちゃいけない最後の砦、ってのが、あたしにもあるんだよ。
今度はあたしの番でいいんだよね?
うん。ありがと、お嬢さん。しまってあったもん全部を出し尽くすよ。
ああ、奥さん。そうだよね。なるべく脱線しないように、簡潔に話すようにするよ。
時間も限られてるしね。奥さんの話も聞かせてもらうんだから。
あたしはさ、さっきも言ったとおり、精霊使いの国の人間なんだ。
ずいぶん小さい頃に滅ぼされちゃったから、あたしは精霊を使う方法ってのを知らないんだけどさ。教えてくれる人もいなくなっちゃったしね。
だけど時々見えるんだよね。精霊だとか、たいがいの人には見えない念? みたいなものだとかが。
精霊? うん。いるよ。
街中ではあんまり見かけないけどね。夏に保養地なんかに行くと、きゃらきゃら笑いながら飛び回ってたりするよ。
え? 羨ましい?
どんな姿って、うーん……キレイといえば、キレイかなぁ……。
あたしには薄ぼんやりとした姿しか見えないんだよ。声も遠くにいるみたいに微かに聞こえるだけなんだ。ごめんね、お嬢さん。期待に添えなくて。
あ、そうだね。脱線するね、このままじゃあ。話を戻します。
あたしは、たぶん精霊使いの才能があるんだよ。きっとあのまま故郷がなくならずにいたら、普通に修行して精霊使いになってたと思う。
だからさ、口を酸っぱくして言われてたんだ。
絶対にソレが見えることを人に言ってはいけない。ソレに話しかけてもいけない、って。
話しかけるとどうなるか?
さあねぇ。小さい頃から話しかけてたら、あたしは精霊使いになってたんじゃないかな。で、世間様に弾圧されて、今ここにいられなかっただろうね。ここっていうか、この世?
うん。精霊使いは、危険だからね。恐れられてたんだよ。
だから国ごと滅ぼされたんだね。
ああ、落ち込まなくてもいいよ、お嬢さん。気にしないで。
たしかにあたしの故郷は消えたよ。
だけど、生きてられてるんだからさ。
大変なことはあったけど、小さい頃は苦労もしたけどさ。今は幸せになったから。
そうだよ、奥さん。
あたしは幸せだよ。
いい旦那を捕まえてさ。愛し愛されてるって堂々と言えるくらいにはお互いを大切に思えててさ。子供を何人か産んで、みんな可愛くて優しくてさ。
けっこう満ち足りた暮らしをしてるよ。
ただねぇ……。旦那のお母さんって人がねぇ……。
うーん。一言で表すなら、強烈?
そう。けっこう個性的な人だっんだよ。我が強いっていうの?
自分の価値や常識を押し付けてくるからさ、あたしは自分の中の『これはこうするべきだ!』ってものを外に出せなかったんだよね。
まあ、各家でいろいろとやり方があるじゃない?
なんか謎のルールみたいなやつ。
たとえば、旦那のお昼ゴハンね。
義母さんはさ、自分の連れ合いの義父さんにずっとお弁当を作っていたらしいのよ。
うん。職種は、勘弁ね。まあまあ出張の多い職業ってことで。
義母さんは必ず仕事に出かける義父さんにお弁当を持たせてたんだって。だから息子の嫁であるあたしも絶対にお弁当を作らなければならない、ってさ。
わかるんだけどさ。言い方がさ。
「あんた一生弁当作りだからな!」
勝ち誇ったように? 違うな。あれは嘲笑うみたいだったよ。最後に「ざまあみろ!」って幻聴が聞こえたもん。
ん? あたし?
はあ?って思ったよ。
そんなの、臨機応変でいいじゃない?
仕事相手と会食ってこともあるでしょ。義父さんとは仕事の形態が違うんだからさ。必ずしも必要ってわけじゃないのよ。
実際、義母さんがいなくなってからは旦那の申告制になったからね。
「明日はお弁当を用意してほしいな。あ、大変だったら料理人が作ったのでもいいからね」
って。でもね、愛妻弁当が一番嬉しいって言ってくれるからねぇ。作っちゃうわねぇ。
そうよ。お弁当を作る作らないなんて、あたしは気にしたことなかったのよ。
そんなことよりもなによりも、言葉遣いにビックリしちゃった。
憎々しげな、乱暴なあの言い方!
ああ。あたしも素はこんなんで、バカっぽい話し方だけどさ。今はそういう話し方にしようって、なってるでしょ? 楽な話し方でって。
だけど、ちゃんとした話し方もできるんだよね。あたりまえに。
あたしはさ、義母さんにはちゃんとした話し方をしてたんだよ。丁寧にね。旦那のお母さんだからね。敬ってたよ。
なのに義母さんは、そんな感じよ。
頭っからあたしのことをバカにしてるし下に見てる。なんにも知らない、なんにもできない。無知蒙昧、無学、愚昧、無教養。
それまではそんな言い方されたことなかったんだけどね。
あたしがおとなしくハイハイ言いながら従ってたからさ、ついついポロっと出ちゃったんだろうね。
普段あたしに対して抱いてる感情を、いろいろ曝け出しちゃったんだな、きっと。
日常的に顔を合わせてたからさ、そんなことが度々あったのよ。
その度にあたしは内心「はあっ!? 何言ってんだこいつ!?」って返してたんだけどさ。良い嫁の振りをしてたから、内心に留めて態度には出さなかったんだよね。
うん。だって、ガンガンに言い返して旦那に告げ口されたら、嫌でしょ?
良い嫁に擬態してるのはなんのためよ。旦那でしよ? 旦那に「あ、こいつ、こんな女だったんだ。結婚したら変わったなぁ」なんて思われたりしたら泣くわ、あたし。
あ、うん。惚気、かな? 旦那大好きだからね。義母さんを通して旦那にキツい女と思われたくなかったから。ずっと我慢してたよ。言い返すのを。
いろいろされたし言われたなぁ。チクチクネチネチ。
ひとつひとつは些細なことだったんだよね。旦那に愚痴るほどでもない小さい嫌味をね。でもさ、どんなに小さいものでも、あたしは受け止めちゃってるじゃない? 弾き返さずに全部、我慢して受け止めてさ。
取るに足らない小さな棘でも、そんなことしてたらたまったもんじゃないよ。
ああ、ホントに過ぎた我慢なんてするもんじゃないわ。
だんだん体調が悪くなっちゃってさ。食べれなくなったし、眠れなくなったよ。髪も抜けてね、おっきなハゲができちゃったりしてさ。
あ、うん。もう大丈夫。それは直ったから。ありがとね。
ハゲはねぇ、ショックだったわ……。
さすがに「これはマズイ!」って思ったよ。このままじゃあ、全部ハゲるかもって!
そうそう! 笑い事じゃないし、今だから笑えるんだけどね!
だからあたしは、義母さんに反撃することにしたんだ。
だけどさ、やっぱり旦那に告げ口されたら困るじゃない。嫌われたくないもん。
どう反撃したかって?
簡単よ。義母さんにチクチク言われたら、吐き出すことにしたの。チクチクを。義母さんのいないところでね。
「そんなことして育ちが知れるね!」ってチクっとされたら「死ねばいいのに」って呟くの。一人きりになったときに。
陰湿よ? お二人は呆れるかもしれないけどさ、こっちにはそのくらいしか反撃方法がなかったのよね。ん? まあまあスッキリしたわね。
で、そのうちに思ったのよ。
今まで体の中に入ったチクチクも出したほうがいいんじゃないかなぁって。
だから、しょっちゅう呟くようになったわ。階段を昇るときなんか、一段ごとに「死ね、死ね、死ね」って呟いてたしね。
あたしが生涯で一番多く口から出した言葉は、間違いなく「死ね」って言葉よ。これは自信を持って言えるわ。
そうするようになって一年くらいかな? 義母さんが亡くなってさ。
うん。病気であっさりね。病気が発覚してから早かったなぁ。最期はけっこう苦しそうだったけど、長い間じゃなかったから、いいんじゃない?
あたしはやっと解放されたの。毎日のように降り注ぐチクチクの嵐から。うん。快適よ。
え? そうね。あたしの反撃と義母さんの病気に、因果関係なんてないわよね。
一見ね……。
…………ねえ、お二人とも。こんなことわざを聞いたことある?
ひとつの言葉にはひとつの精霊が宿る、っていうの。
ああ、そう。やっぱりないのね。
うん。こっちの国のことわざじゃないのね。
あたしは小さい頃に聞いたことがあったんだよ。言葉っていうのは怖いものだから、悪い言葉は使っちゃいけないよ、って。
これはきっと、彼の国のことわざなんだね。
精霊使いを戒めるための言葉なんだ。
たぶん、精霊使いの言葉は、呪いになるんだよ。
だから恐れられたし、国を滅ぼしてまで根絶やしにしたかったんだろうね。
だってさ、そんな能力、普通の人がどうやって防ぐのよ。
まあ、精霊使いに逆の事をしてもらえばいいってだけのことなんだけどさ。「頑健であれ、健やかであれ」とかなんとかね。
そうしたら効果が相殺されるでしょ?
だけどさ、病気になったとき、誰が真っ先に自分は呪われてるって思うの? 普通は気が付かないよ。
病気になっちゃった。運が悪かったなぁ。良いお医者様を探さなきゃ。
それくらいよね? まさか、精霊使いを探して呪いを返してもらったりしないでしょ。
厄介な存在だったのよね、精霊使いというのは……。
でもそれはね、精霊使いにとっても厄介なものだったんだと思うのよ。
だって、こんなことわざもあるんだもん。
「人を呪わば墓穴ふたつ」
聞いたことない? ないよね?
うん。これもたぶん、滅んだ国の言葉だね。
よく武芸者さんなんかが言う「人を殴るときには自分も殴られる覚悟をもて」みたいなのとは、これは違うんだよ。
そのまんまの意味なんだと思う。
だからあたしは「悪い言葉は使っちゃいけない」って戒められて育ったんだ。
精霊使いは、呪っちゃいけないんだ。
呪ったら、同じだけ返ってくる。
あたしは、知らなかったとはいえ、そんなつもりはなかったとはいえ、義母さんを呪ったんだよ。
だからね。あたしはね、もう長くないんだ。
義母さんと同じ病気だよ。
つい最近、それが発覚してね。それで、「墓穴ふたつ」の意味がわかったんだよ。
……そうは見えない? そうかもね。必死で言葉に出してお願いしたからね。
「誰にも病気を気取られないようにしてください」
「誰にも心配かけないように、元気に見えるようにしてください」
ってさ。精霊を意識してお願いしたらさ、そうやって動いてくれたんだよ。
そう。精霊たちは、あたしの言葉を聞いてくれるんだ。
だからきっと、義母さんのときもさ……。きっと、何百何千っていう、あたしの「死ね」って言葉を聞いたんだろうね。
ちゃんと見てたら、精霊が義母さんを病気にする様子が見えたのかもね。それがあたしに返ってくる様子もね。
後悔? さあ、どうだろうね。
してるような、してないような?
あたしは良い嫁の振りをした悪い嫁だからさ。義母さんが死んでスッキリしちゃったから、ね。今はもう、しょうがないなぁって感じよ。
自分がやったことだしね。
それに、後悔したところで、呪いは止まらないみたいだよ。
相手が死んじゃってるんだもん。かけた方も同じ所に落ちるのよ。
そういうものなんだって、なぜかわかるの。これでも精霊使いの才能がある人だからさ、あたしは。
まあ、精霊使いだから、自分はあんなに苦しまないようにしちゃってるけどね。悪い嫁、悪い嫁。
自分が死ぬ前にさ、子供たちには口を酸っぱくして言ってるのよ。
「悪い言葉を使ってはいけないよ。自分に返ってくるからね。本当のことだよ。死ねって何度も言ったら、本当に死んじゃうんだよ」
今は真剣に聞いてくれないけどね。
あたしが死んだら、考えてくれるでしょ。あの子たちはバカじゃないからね。意味を考えて、あたしがしたことに気づくんじゃないかな?
きっと軽蔑されるなぁ。
嫌だけどさ、子供たちが同じ轍を踏んじゃうよりは、なんぼかマシってもんよ。
あの子たちと旦那には、幸せに生きてもらいたいもの。
あたしにはそれを確かめる術はないんだけどさ。
だってあたし、地獄行きでしょ?
………………あぁ。
やだねぇ……。普段はちっちゃい声だってのに、こんな時だけ耳元で言わなくってもさ。いいじゃないの。ちゃんと自覚してるんだから……!
あらら。ごめんね。
なになに? 次に話しにくくなっちゃった?
そんなこと言わないで、奥さんも話してよ。何のために来たのよ。
お互いに誰かもわからない、顔も知らないんだよ、あたしらは。
これっきり、二度とこんなふうに話すことはないんだよ。だからさ、そんなに気にしないでよ。あたしはもう、納得してるんだから。
そう? そう思うんなら、そうだな。
お二人が自分と家族と友達のために祈るときにでもさ、そこにチョロっとあたしも付け足してくれればいいよ。思い出したらでいいからさ。
うん。ありがとね。
異世界の嫁姑問題wお読みいただきありがとうございます。
大枠だけを決めたゆるっとした設定です..
たとえ半分実話だとしても、呪いを裁く法律はない。だから罪ではない。
たとえ短命になったとしても、後悔なんてない。
でも旦那には生涯言うことはないだろうね。




