4 エルフの美少女がきました
魔法を使えば使うほど魔力が増加する。
そういう設定の異世界転生ものは多い。
転生者が子どものころから魔法を使いまくって魔力をチートレベルに鍛えて無双する、という設定が定番だ。
アッシュが好んで見てきた作品はだいたいそうだった。
魔法を濫用するな、というティーエにアッシュは一応そう告げてみたのだが……。
『この世界の法則もそうだと判断できる材料がありません。魔力が生後に回復したり成長したりせず、角膜のように使い切りで減る一方という可能性もあります。枯渇の危険性を考慮すると濫用はリスクのほうが大きいと判断します』
アッシュはティーエのリスク管理に感心した。
自分1人ならそういったリスクを考えもしないでおもしろがって魔法を連発していたかもしれない。
そして、生涯使用回数を使いきっていたかも。
『詳細な情報が手に入るまで意味のない使用は控えましょう』
とくに異論はなかった。
というか、あまり魔法に興味もない。
成長してから魔法で無双するなんて遠い話よりも、いま自由に動き回れることのほうがよっぽど大事で、そしてなによりも楽しい。
ティーエが使えというのならそうしただろうけど、使うな、というのならそれでかまわなかった。
アッシュはますますハイハイに熱を入れた。
疲れ切って床に突っ伏し、気がついたら誰かに回収されてカゴに寝かされていたこともしばしばだ。
そのおかげか、生後3か月の頃には立って歩くことができるようになった。
衣服を繕っていたサビーヌが目を丸くして、手からそれを取り落とした。
「あるいた?」
隣で弓の分解整備をしていたアドルも、口にくわえていた金具をぽろっと落とした。
「あるいてるな」
壁に手をそえながらではあったが、アッシュは1歩1歩着実に足を踏みだしていく。
「ああっ、私の宝物!」
壁から手をはなして歩いてみようと思った矢先、サビーヌがすっ飛んできて抱きしめるものだから中断せざるを得なかった。
サビーヌはアッシュの頭をわしゃわしゃと撫でつつ、いつものように熱烈な頬ずりを浴びせてくる。
「ねえあなた、私よくわからないのだけれど、3か月で歩きだすって早いの? 遅いの?」
「俺もよくわからん。遅いってことはないと思うがなぁ……まあ、普通じゃないか?」
「そう普通なのね、よかった。普通がいちばんよ。普通ですごいわアッシュ!」
母に褒められると頭の芯がジンジンと痺れたようになる。
それが心地いい。
アッシュは念のためにティーエにお伺いを立ててみた。
(3か月って早いの?)
『普通です。やや遅い寄りの普通です』
(そっかぁ……)
『クリロナならきっともうヘディングをしていますよ』
(さすが……クリロナだね)
歩けるようになると一気に行動範囲が広がる。
これまでは家の中を行ったり来たりするだけだったが、外にだって出ていけるようになる。
ついに外の世界を歩ける。
ずっと憧れていた外を自由に歩けるんだ。
しかし、希望で胸がはちきれそうなアッシュがよちよち歩きで家の玄関に向かおうとすると、ものすごい勢いでサビーヌがすっ飛んできた。
「だめよーアッシュ。お外はあぶないのー」
サビーヌはドアの前で屈んで通せんぼする。
「おうちの中でお母さんとあそびましょ? ねー?」
顔ではにこにこしているものの、絶対に通さないという強固な意思が見てとれた。
甘やかしの権化みたいなサビーヌらしくなくてアッシュはすこし驚いた。
『マスター。この状況で外に出ることは推奨できません。素足での外歩きは寄生虫や毒虫の攻撃を受ける危険性があります。石などで傷がつけば、感染傷のリスクもあります。ここは未知の世界なのですよ』
ティーエにも止められたので、アッシュは残念だけどお預けを受けいれた。
歩きはじめてすぐに外へ行こうとしたのはさすがに気がはやりすぎていたかもしれない。
「歩けるようになったってことは……」
アドルが無精ひげのはえた顎を撫でた。
「そろそろその子の靴を調達しないとな。今度村に下りたときグリーズに頼んでみるとしよう」
そのとき、コンコンと玄関のドアをノックする音がした。
アドルとサビーヌの顔に緊張が走る。
「誰かしら?」
「敵かもしれん。気をつけろ」
「わかってるわ」
急に緊迫感を漂わせたサビーヌが、ドアの覗き窓から慎重に外の様子をうかがう。
「ヘンね。誰もいないわ」
「……下だよ」
サビーネの目線のかなり下からドア越しにくぐもった声が響いた。
すすす、と下に目線をおろしたサビーヌの声が急に明るくなり。
「ニルフェン!」
すぐさまドアを開けた。
フードを目深にかぶったローブ姿の小柄な人が玄関のすぐ外に立っていた。
手には背丈に見合わない長さの木の杖を持っている。
ねじくれた厳めしい杖だ。
(子どもの魔法使い……?)
アッシュは一目見てそう思ったが、子どもにしては旅姿が板についている。
「やあサビーヌ。元気だっ、むぎゅっ」
ローブの人が挨拶している最中にサビーヌが思いきり抱きすくめる。
ちょうどサビーヌの胸の高さに顔があるので、豊満な胸に小さな顔をうずめることになった。
「ひさしぶりねニルフェン! ずっと会いたかったの!」
「大げさだね。まだ半年も経っていないよ」
「そうなの? もう何年も経った気がする!」
がっちりと抱きしめられて身動きがとれないため、ニルフェンと呼ばれた人物はしょうがなく、といった様子でサビーヌの腰にそっと手をまわした。
抱き返すというよりは、ちょっと触れるだけ、という遠慮がちな仕草だった。
サビーヌはよほど再会が嬉しいようで、ニルフェンの頭に鼻をこすりつけて、くんくん匂いを嗅いだ。
「うーん小っちゃい。あいかわらずニルフェンの匂いがするー」
「キミのが大きくなりすぎなんだよ」
ニルフェンは、大きな胸に顔がなかば埋まった状態で苦情めいたことを言った。
「それにあいかわらずスキンシップ過剰だね。そろそろ離して」
「ごめんごめん。あなたに会えたことがうれしくて、つい……」
サビーヌがようやくニルフェンを解放した。
それでもまだ親愛の情を示し足りないようで、こんどはさりげなくニルフェンの肩に触っている。
「来てくれてほんとにうれしい!」
「旅の途中で寄るって言ったよね」
ニルフェンがフードをおろした。
絹糸のように繊細な金髪の美少女が現れた。
真ん中で分けられた長い髪は片側だけ編みこまれている。
深い緑色の瞳は涼しげで、小さな鼻はかたちがよく、肌が透き通るように白い。
そして、耳が長かった。
(エルフだ)
アッシュは漫画やアニメでしか見たことのない本物の妖精を前にドキドキした。
ニルフェンはアドルに会釈した。
アドルがこくりとうなずき返す。
顔見知りらしい。
ニルフェンが視線をおろして、アッシュに目を止めた。
「さて。その子だね」
緑色の深い瞳がアッシュを見つめる。




