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時をあやつる魔法族に転生した。未来のAIに導かれ最強の魔法王になる  作者: 飛来甲殻類


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 ニルフェンが出立する前夜。


 家の庭でアッシュの一家とニルフェンは焚火を囲み、ささやかな別れの会をもよおしていた。


 アドルが朝仕留めてきたばかりの新鮮な牝鹿を1頭まるまるつかった、野趣豊かな猟師料理がテーブルにずらりと並んでいる。



 肉汁と脂のしたたる、分厚いもも肉のステーキ。

 骨と内臓を野菜とともに何時間もことこと炊きこんだダシの旨味が凝縮されたスープ。

 都会の肉屋におろせば高値がつくことまちがいなしの希少部位を惜しみなくつかった串焼き。

 そのほかにも山菜と燻製肉の和え物など、食べきれない量の料理だ。



 アッシュとサビーヌもお手伝いはしたが、この料理はほとんどすべてアドルがひとりで昼中かけてこしらえたものだ。

 獣肉の調理において、ロマノ村はもちろん、城の料理人にもアドルに並ぶ者はいない。


 豪勢な料理をまえにニルフェンが嘆息する。



「すごいよアドル。こんなごちそう、貴族の家でもなかなかお目にかかれない」

「先生のお口にあえばいいんですがね」

「こんなにしてくれなくてもよかったのに」

「なあに。うちの坊主にタダで魔法を仕こんでくれたんでさ、これくらいせんと。さっ、冷めないうちにどんどん食ってくれ、先生」

「ありがたくいただくよ、アドル」


 アッシュはこのやりとりで、何か月にも及んだ魔法指南役をニルフェンが無償でやってくれていたことを知った。


 ニルフェンは路銀を稼ぐために行くさきざきで依頼をこなしながら旅をしている、と聞いたことがある。

 けっして金銭的に余裕がある身の上ではないのだ。


 これほどの魔法使いが、もしおなじ期間貴族や大商人のところで家庭教師をしていれば、安くない対価を得られたはずだ。


 アッシュは思わず立ちあがり、頭を下げていた。


「先生、ありがとうございます」

「いいよ。頭なんか下げなくて。飲みこみのいい生徒に教えるのは楽しかったし、わたしにも学ぶところがあった」

「そうよー。気にすることないって。ニルフェンは教えるのが好きなんだから。ねー」


 最後の晩餐ということで、ふだん飲まない果実酒を何杯かひっかけてすでにいい気分になっているサビーヌがにこやかに口をはさんだ。


 いいところの育ちのせいか、サビーヌには他人が自分のためになにかをしてくれるとき、そこには対価が発生するという損得勘定が希薄だ。


 自分がなにかを施しても対価を求めることを思いつきもしないのは美点といえなくもないが、まことにお気楽な性格である。




 お別れの会は深夜までつづき、めずらしく深酒したアドルとサビーヌはデッキチェアのうえでだらしなく眠りこけていた。


 そのときを待っていたかのように、ニルフェンは持っていた杯を置いてアッシュに向き直った。


「アッシュ。キミに話しておくことがある」


 ニルフェンはいつになく真剣な様子だ。

 アッシュは緊張した。


「サビーヌはマーシアという土地の出身だ」


 マーシア。


 何度か耳にした地名だ。

 それもきまって緊迫した場面で。

 一時期は気になってしょうがなかったが、両親にははぐらかされていた。


「マーシアはフラゴニア王国の西にある土地だ。特別な力をもった古い一族が住んでいる。生まれつき魔法を使えるんだ。あまり一般的ではないけど、魔法族と呼ぶ人間もいる。サビーヌはその魔法族の末裔だ。つまり――キミも魔法族だ」


 アッシュは思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。


「魔法族は強い力を持っているから特別に扱われる。それはいいことばかりじゃない。崇められまつり上げられたり、その逆に迫害の対象になったりもする。サビーヌがマーシアのことを隠しているのはそういう理由があるんだ」


 なぜサビーヌが嘘をついてまで出身を隠そうとしてきたのか、これまでの疑問が氷解していく気がした。


 とはいえ、そんなことだったのか、と拍子抜けもした。


 教えられなくても魔法を使えた理由がわかった。

 迫害対象と聞いたらいい気分はしない。


 でも、サビーヌやアッシュを見てもそうと見破ったひとはいない。

 エルフのように容姿や外貌に目立ったところもないし、自分から言いださなければ誰にも知られずに済むことだ。



「わかりました。自分から言いふらすような真似はしません。おかげでこんな山奥に隠れ住んでいる理由がわかってよかったです」

「それは……うん。まあ、今はそういうことでいいか。あれは、さすがにわたしが話すことじゃないしね」



 その微妙な反応にはどこか含みをもたせるものがあったが、すぐにニルフェンが話をつづけたのでアッシュはさらに質問する機会を逸した。



「アッシュ、キミは特別だ。だけど特別なのはいいことばかりじゃない。覚えておいて」

「特別なひとにそんなことを言われても説得力がないですけど……」


 ニルフェンはくすくすと小さく笑った。


「わたしは特別じゃないよ。どこにでもいる平凡な魔法使いだ」


 このひとが特別じゃないならいったい誰が特別になるんだろうか、とアッシュは心の中で苦笑した。


「それはそうと、キミはどんな魔法使いになりたい?」

「どんな魔法使い?」


 そもそも魔法使いになりたいと思ったことはない。

 アッシュが望んでいたのは、ただ健康に外で動き回ることだけだ。

 そしてその願いはもう叶っている。

 今さら望むことはあまりない。


 それでも何か月もつきっきりで魔法を教えてくれたニルフェンの恩にはこたえたいと思う。


「先生の名に恥じない立派な魔法使い、ですかね」


 適当に答えたわりには我ながらいい感じの答えをひねり出せたと思った。


 ところが、ニルフェンはその答えが気に入らなかったらしい。

 呆れたように目を細める。


「立派になんかならなくていいから。もし成長したキミが世界を統べる魔法王になってもわたしにはなんの利益もないし」

「でも……」

「立派になるって、キミは名を残したいの?」

「いや、えっと……」


 アッシュは口ごもった。

 よく考えずに発言しました、とは言いづらい。


「いい話がある。ロマノ村の近くに大きな橋があるよね」

「シュレム大橋ですよね?」

「そう」


 村の西には大きな河が流れていて、そこに石造りの大橋がかかっている。

 さらに西方、王国の中央方面へとつづく街道をつなぐ重要な橋だ。


「わたしはあの橋をつくると決めた人物に会ったことがある。シュレムという貴族で、昔ロマノ城の主人だった男だ」

「会った、って100年以上前にできた橋ですよね?」

「だからなに」

「なんでもないです」


 年齢の話をされると女性が不機嫌になるのは、人間もエルフも同じのようだ。

 2度と忘れまい、とアッシュは肝に銘じた。


「シュレム大橋なんて名前がついているけど、シュレムはあそこに橋をかけると決めただけ。建造の費用は地元の住民たちが出しあったし、実際につくったのは各地からやってきた職人たちだ。川幅と地盤を計算してあそこが最適な場所と進言したのも建築家だ。シュレム自身はなにもしてないのに、残ったのはあいつの名だけ。歴史に残るご立派な名前なんてそんなものだよ」


 どうやらシュレムという人物に相当嫌な思い出があるようで、ニルフェンの表情や口調から苦々しいものが漏れでている。


「キミは立派になんかならなくていい。わたしのことなんか気にしなくていいよ。なりたい魔法使いになればいい」


 なりたい魔法使いに、か。

 そもそもこのまま魔法使いの道を歩むかどうかすら決めていない。

 でもさっき言ったことは半分くらい本気だった。


 教えたことを将来ニルフェンが後悔するような人間にだけはなるまい、とアッシュは思った。


「あとね、できるだけ長生きしてくれるかな」

「長生き……ですか?」

「うん。200年、いや、300年生きてくれたら、わたしはうれしい」

「はは、わかりました。そんなことでいいなら約束しますよ」

「約束、するんだ」

「はい! 僕は500歳まで生きます!」

「……わたしは約束を忘れないよ」


 アッシュは長命種特有の冗談だと思って安請け合いしたが、そのことをのちのち深く後悔することになる。




 翌朝早く、ニルフェンは旅支度を整えて家の前に立った。

 涙ぐむサビーヌに「またすぐ会えるよ」と慰めの言葉をかけたが、それがすぐではないことはアッシュにもわかっていた。


 ニルフェンは歩きだしかけて、ふとしたように足を止めた。


「そうだ、アッシュ。例の【育筋草】の知り合いとやらによろしく言っといてね。よく会うんでしょ」

「なんのことですか?」


 アッシュはついすっとぼけてしまった。

 ニルフェンの話しぶりから、もしかしてティーエのことを気づかれているんじゃないかと思ってドキドキした。


 ニルフェンは狼狽するアッシュをしばらく愉しげに見ていた。


「それじゃもういくよ。元気でね」

「はい」

「あと。約束を忘れないで」

「はい!」


 その返答を聞いたニルフェンは満足そうに微笑み、背を向けてとっとと行ってしまった。

 ふりかえりもしない。

 あっさりしたものだ。


 この瞬間からアッシュは春が苦手になった。

 大切なひとと別れる季節というイメージが残ったからだ。



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