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「魔養草には魔力を回復する効能があるといわれてる。昔から魔酔の治療に使われてきた植物だよ。だけど筋肉を育てる効能はないはずだ」
ニルフェンは森の悪路を小さな歩幅で歩いていく。
山道を歩きなれている旅人の歩みだ。
「からかわれたんだね、その知り合いに」
横に並んで歩くアッシュに愉快そうな目をむけてくる。
アッシュとニルフェンは、泉から家に移動しているところだった。
「からかわれたというか、騙されたというか……」
アッシュは憤りを隠せずについ不機嫌な顔になってしまう。
(ティーエ)
『なんでしょう』
(なんでそんな嘘をついたのさ?)
『魔力を回復させる効能は有用と思われましたが、まずさを理由に摂取を拒否される恐れがありました。そのため、ご執心だった筋肉にいいという触れこみなら我慢してくれるのでは、と知恵を働かせた次第です』
(魔法の鍛錬をはかどらせるために嘘をついたってこと?)
『はい。魔法が存在する以上、その習熟は筋肉の養成よりも上の最優先事項と判断しました』
(ちゃんと説明してくれればよかったのに。なにも嘘をつかなくても)
『人間の味に対する好き嫌いに個人差がうまれるメカニズムはわたしにもわかりません。当時はマスターが甘ったれた根性なしという可能性も考慮しなければならなかったので、念のために嘘をつきました。ごめんなさい』
(当時は、って今は違うの?)
『はい。マスターは甘ったれた根性なしなどではないことを行動によって証明しました。友だちのためにすべてを、命さえ投げうとうとしたのですから』
急に褒められて気恥ずかしくなったアッシュは怒りを忘れた。
すくなくとも自分のためを思っての嘘だったようだから、と好意的に解釈することにした。
「でもすごいね。普通は乾燥してから抽出した液体をお茶に混ぜてすこしずつ飲むんだ。魔力が低い人間がそんなふうに大量に食べたらお腹を壊すはずなのに。さすがだね」
そういえば、思い当たる出来事がある。
魔養草を食べたあと、ディルは腹を壊して1日寝こむハメになったと苦情を申し立ててきた。
それが普通のことなのだろう。
そのディルはニルフェンの顔を見るなり「あっ! ちょっと用事を思いだした!」と言い残して逃げるように帰ってしまった。
なんでディルが帰ったのか理由はよくわからないが、そのおかげでニルフェンと2人きりになれたのでアッシュはお礼を言いたい気分だった。
家の前につくと、ニルフェンは足を止めてアッシュに向き直った。
深い緑色の目と目が合う。
吸い寄せられるような気がした。
「魔法の先生を探してるんだってね」
「そうなんです。魔法を使う以上はちゃんと学んだほうがいいって母さんが」
「ちゃんと、か。自分はしなかったことを子どもにはさせようなんて、サビーヌらしいね」
ニルフェンは目を細めて楽しそうな表情をする。
母はあまりいい生徒ではなかったようだ。
ただ、その言葉でアッシュはニルフェンがなぜ訪れたのか気づいた。
「もしかして……?」
「サビーヌに頼まれたんだ。わたしじゃ不満かもしれないけど、よろしくね」
ニルフェンはしばらくロマノ村に滞在しながら魔法を教えてくれることになった。
国境に近いところにある村だし、すぐ近くに立派な城塞もあるから訪れる旅人は多い。
移動に適さない雨季や冬は繁忙期で、長期滞在する商人もすくなくない。
それでも美しいエルフの存在は辺鄙な村では目立つ。
ところが、目立つわりには村人が大騒ぎすることもなく、むしろ接触を避けるような風潮まであった。
その態度はディルも同じで、アッシュがニルフェンといるときにはどういうわけか近寄ってこなかった。
ニルフェンと2人で過ごせる時間が多くなることはアッシュとしては歓迎だったけど、差別みたいな扱いには憤りを感じた。
「僕に魔法を教えるために滞在してるのに……」
それで嫌な思いをさせるのでは申し訳ない。
なんとかしなきゃ。
ある日アッシュは、ディルをつかまえて文句を言った。
ディルはしばらくああだこうだと話をはぐらかそうとした。
だが、どうやらアッシュが本気で腹を立てているらしいと気づくとあきらめたように弁解をはじめた。
「だってさ、あいつエルフだぜ」
「それがなんだっていうんだ?」
「おまえ知らないのか? エルフの近くにいる人間はどんどん年とっちまうんだって。あいつらは人間の若さを吸うんだ。だからいつまでも若いんだよ。とくに子どもなんか恰好の餌食だって噂だ。おまえもあんまり一緒にいるとすぐじーさんになっちゃうぞ。なんかもう皺できてないか?」
あまりにも荒唐無稽な話が飛び出てきたので、アッシュは呆れてしまい、その場では怒ることも忘れてしまった。
その話を家ですると、サビーヌは大笑いした。
「そういう迷信は昔からあるのよー。特定の人間とエルフがずっと一緒にいると、エルフは年をとらないのに横の人間だけどんどん老けていくでしょ。それを見て若さを吸ってるって思いついた人がいたのね」
なるほど、とアッシュは深く納得した。
たしかにそう見えるといわれればそう見えるかもしれない。
「どうすればそういう偏見をなくせると思う?」
「どうもしなくていいんじゃない? エルフなら慣れてるでしょ」
「慣れてるって……」
「まわりにいる人間がみんな先に死んでいくのは事実じゃない。私が生まれる前からずっと言われきたんだから、気にしないわよ」
思ったよりもドライなサビーヌの反応に面食らいながら、気にしていないように見せているだけなのではないかとアッシュは思った。
本当は傷ついていても、あまりにも周囲の状況が変わらないといちいち反応したり、傷ついたところを見せて同情されたりすることが面倒になるし、疲れてくるのだ。
だったらなんとも思っていないように見せかけたほうが楽だ。
昔から根付いている俗説からくる偏見なら、すぐにイメージを改善することは難しいかもしれない。
ここは一般人にまで教育がいきとどき科学的な思考が当たり前になった文明世界ではなく、文字すら読めない人も多く、しかも魔法や魔物のような超自然的なものが存在する世界なのだ。
写真機が一般的ではなかった時代、姿を写されると魂を抜かれると信じていた人もいたという。
迷信と笑いとばせるサビーヌのほうが珍しいのだろう。
「むずかしいな……」
せめてロマノ村に滞在している間くらいはニルフェンが気分よく過ごせるようにできないだろうか。
そう思案していると、サビーヌがにやにやしはじめた。
「な、なに?」
「もうそんなお年頃? まあニルフェンはきれいだもんねぇ。でもやだなぁ、お母さん親友に宝物をとられちゃう」
「そんなんじゃないよ。僕は公平な観点から差別はいけないというスタンスで」
話している途中で、サビーヌがうんうんとうなずきながらもなにも聞くつもりがないことに気づいてアッシュは口をつぐんだ。
しばらく考えてもアッシュには画期的な案は思いつかなかった。
なので、できることから始めることにした。




