21
襲撃未遂事件からしばらくしたある日、山奥の家にロマノ城から使いがやってきた。
アッチュたち一家に呼びだしがかかったのだ。
呼びだしの主は黒騎士メドウズ卿であった。
サビーヌが不安そうにアドルに聞く。
「あなた、どうしたらいい?」
「どうもこうも、行くしかない。城からの呼びだしを拒否すれば狩猟の許可を取り消されるかもしれん」
「そんなことになるの?」
「ああ。ここはロマノ城主の領地だ。狩りを禁じられれば、おれたちは路頭に迷うことになる」
「そうよね……でも、なんの用件なのかしら?」
「それも、行ってみればわかるだろうさ」
「でも……」
「選択肢はないんだ」
一家は城を訪れることになった。
フラゴニア王国の東に位置するロマノ城は、敵対国ザスルアとの国境を守る重要な防衛拠点。
それゆえ堅牢な城塞である。
城壁の外には川を利用した水堀があり、その外にもさらに石塀の柵が設置してあるという念の入れようだ。
広い城内には守備兵とその家族だけでなく、商人、職人、はては家畜の世話をする農民も住んでいる。
もはや1つの都市といえる規模だ。
城につくと、一家は兵舎の一室に通された。
椅子とテーブルがあるだけの殺風景な部屋だ。
兵士の休憩所かなにかだろう。
しばらく待つと、黒い甲冑を着こんだ長身の女性がやってきた。
黒騎士メドウズだ。
「楽にしてくれ」
あらためて間近で見て、アッシュはすさまじい威圧感を感じた。
能面のような青白い顔にはなんの表情も表れていない。
卑劣な罠を用いて敵兵を皆殺しにした、という噂にも納得させられる雰囲気がある。
黒騎士は、襲撃未遂事件でのアッシュの活躍ぶりを誉めるところから話をはじめた。
犯人グループの尋問にあたった当人なので、現場でなにが起きたのか当然把握しているのだ。
通り一遍の誉め言葉が終わると、黒騎士は警戒心をあらわにしているサビーヌに語りかけた。
「そう構えるな。この呼びだしはねぎらいにすぎん。領民の防衛意識が高くてわたしも鼻が高い。この件は王都にも報告しておいたから、いずれ感謝状の1枚でも届くだろう」
ぴくり。
サビーヌが眉をあげた。
「王都に報告、されたのですか」
「当然だろう。6歳の子どもが正規兵を撃退したのだぞ。この快挙をやんごとなき方々のお耳にいれずしてどうする」
「あまり大事にはしたくなかったのですが……」
サビーヌが言葉を濁す。
「大事になどならん。2、3日は貴族連中がワインのつまみに噂するだろうが、酒毒のまわった頭は忘れるのも早い。辺境のことなどすぐに頭から消える」
黒騎士の口調は高貴な生まれへの敬意のかけらもなく、むしろ嘲るようですらある。
「あの、用件というのはそれだけでしょうか」
「そうだ。もう用は済んだ。行っていい」
それでは、とサビーヌとアドルがいそいそと立ち上がりかける。
アッシュも椅子から下りようとした。
そのとき黒騎士がなんの気なしといった感じで口を開いた。
「ああそうだ。1つ聞かせてもらおう。その子はどこで魔法を学んだのだ?」
「知り合いの魔法使いに、個人的に師事しました」
「その魔法使いの名は?」
「フェンという者です」
「フェンか。聞いたことがないな」
黒騎士は表情を変えずに首をかしげた。
「私がいうのもなんですけれど、あまりたいした魔法使いではないようです。メドウズ卿がご存じないのは当然かと……」
「いや、無名であっても実力のある者はいる。幼子が実戦にたえうる魔法を使うなど尋常のことではない。よほど教え方がよかったのであろう。1度会ってみたいものだ」
「旅から旅への放浪生活をしているようですので私ではなんとも……」
まるで中身のない苦しい受け答えに終始するサビーヌ。
黒騎士は重ねて問おうとせず、まったく感情の読めない目でサビーヌの顔をじっと見つめた。
「ところでサビーヌ。おまえの出身はどこなのだ?」
「南のほうです」
「南。どこだ」
「サンドローヌ地方の名もなき村です」
「サンドローヌか。ずいぶん遠くからわざわざ嫁いできたのだな。たしかアドルの生業は猟師であったな」
アドルが「へえ」と恐縮したように頭を下げた。
「実はあっしと取引のあった旅商人に家内が同行しておりまして、そのときにたまたま見初めた次第でして、ええ、ええ」
「そうか。この美しさでは一目ぼれもさもありなんだな」
「へえ、まったくお恥ずかしいことで」
アッシュは、父のいつになくへりくだった話し方に違和感を覚え、ようやく両親が嘘をついているのだと気づいた。
「ときにサビーヌ。マーシアという名に聞き覚えは?」
「ございません」
それまでのあやふやな応答とちがってサビーヌはきっぱりと言い切った。
むしろまた飛び出てきたマーシアという単語に、アッシュが思わず反応しそうになってしまった。
しかし、両親が嘘をついている以上黒騎士には知られたくないことなのだろうと察して、なんとか我慢した。
「そこそこ有名な地名なのだがな」
「私、西のほうには疎いもので……」
「西方とは一言も言っていないが」
空気が凍りついた。
サビーヌもアドルも視線を動かさず、黒騎士と目を合わせようとしない。
ひりひりと肌を刺してくるような緊張感のある時間が流れた。
やがて、黒騎士が口を開いた。
「ご苦労だった。行っていい」
それで話は終わりだった。
面会のあいだ黒騎士は1度も笑みを見せなかった。
愛想笑いすら。




