17 友だちは見捨てない
(ディルを見捨てろっていうの?)
アッシュはティーエがなぜそんなことを言いだすのか理解できなかった。
『そうは言っていません。相手は大人4人、剣で武装してもいます。ここでマスターが出ていくより助けを呼びにいくほうがディルを救う確率が高くなります』
(そんなわけないじゃないか)
すでに長身の男は剣を抜いている。
今から村に戻って助けを呼んでくるまで、あの男が素振りでもして待っていてくれる、とでもいうのだろうか?
ティーエがそんなバカげたことを本気で信じているわけがない。
(僕に友だちを見捨てさせるつもりなんだ)
『マスター、あなたが出ていってもディルを助けられる確率は極めて低いのです』
(やってみなきゃわからないよ。こっちにはスロウドライブだって魔法だってある。うまく不意を打てば4人くらいなんとかなるかもしれない)
『いいえわかります。マスターは剣の恐ろしさを知りません』
(知ってるよ。いつも母さんと稽古してるんだから)
『真剣の殺しあいの話です』
ぴしゃりと叩きつけるような言葉。
『たとえスロウドライブで軌道がわかっていても、今のあなたの身体能力ではよけられません。剣の切っ先はそれほど速く、間合いが奥深いのです』
(じゃあ、そよ風の魔法で不意打ちすればいい)
『1度使えば数分間まともに動けなくなるかもしれないのに? 敵を一掃できなければより確実に死ぬだけです』
アッシュは反論材料を失った。
赤子の頃から練習してきたおかげで、今ではそよ風の魔法の威力はかなり上がった。
だが、威力を上げるとそのぶん魔力の消費が激しくなる。
そして魔力を消耗すると体が鈍る。
かといって威力を下げたら4人全員を同時に制圧できる気がしない。
つまり。
ティーエの言っていることは正しい。
『はっきり言います。出ていけばあなたは99%の確率で死にます』
その言葉は胸に突き刺さる鋭さがあった。
ティーエと出会ってから何年経つだろうか?
そのあいだティーエはいつも正しく、間違えたことは1度もない。
そのティーエが99%というのなら、それはほぼ確実に訪れる未来なのだろう。
99%。
アッシュはかつて、99%の世界に生きていたのだ。
致死率99%の大病を抱えてベッドのうえでなにもせずに過ごした。
なにもせずに療養に専念するのが正しいことだと言われたからだ。
本心では、歩きたかった。
外に出て、気の赴くまま自由に歩きまわりたかった。
でもそれは命を縮める行為であり、正しくないこととされていた。
だから、99%の世界にとどまり、窓の外の1%をただ憧れながら見つめるだけの日々を送り、そのまま終わった。
正しいことが正解じゃないこともある。
(2度目の人生をもらえる確率って何%くらいあるんだろうね?)
『どういう意味でしょうか。意味がわかりません』
(そんなことティーエにもわからないよね)
前の人生には援助者がたくさんいた。
家族はもちろん、医者も看護師も、多くの援助者がいた。
だけど、1人もいなかった。
自分の命が危ないというときに、それでも庇ってくれる友だちは。
(僕は友だちを見捨てて逃げるために生まれ変わったんじゃない!)
もう99%の確率は突破している。
いまここが1%の未来だ。
いまさら99%の過去に戻る気はない。
こんどこそ、なにが正解かを自分が選ぶ。
『マスター、無謀です!』
ティーエがはじめて声を高くして制止してきたが、もうアッシュのなかでは話は終わっていた。
これ以上話すことなどなにもない。
(スロウドライブを解除する)
世界に速さが戻ってくる。
雨粒が肌を打ってきた。
いつの間にか雨が激しくなっていた。
アッシュが木陰から飛びだすと、すぐに小柄な男と村娘がこちらに気づいた。
2人ともディルから目を背けていたおかげで気づいたらしい。
つかまえて暴行を加えたくせに、子どもが殺される決定的な瞬間だけは見たくなかったのだろう。
「またガキが来やがりましたよ」
4人が値踏みするような目を向けてくる。
緊張で体がぎこちなくなるのを感じながら、アッシュは敵の位置関係を確認した。
小柄な男と村娘はディルの背後に立っている。
すでに剣を抜いている長身の男はディルの前に立ち、最後の男はすこし離れたところで腕組みをしていた。
アッシュは舌打ちしたくなった。
位置関係がよくない。
こちらにはそよ風の魔法しか敵を制圧する手段がない。
この魔法は伸ばした手先の直線状に発生するから、敵を一掃するためには一直線に並ぶように位置を調整する必要がある。
いまの位置関係では多くても2人しか巻きこめないし、しかもディルまで巻きこんでしまう恐れがある。
アッシュが姿を現したのに、誰も目立った動きを見せなかった。
相手が子どもだと思って油断しているのだろう。
それでも、長身の男がすぐにディルをどうこうしようという気配はなくなった。
覚悟したようにきつく目を閉じていたディルが目をあけ、アッシュに気づいた。
「バカっ、なんで来たんだ!」
ディルと目が合い、アッシュはだいじょうぶという意味でうなずいた。
村娘が口を開く。
「あぁ。その子だよ。猟師の子。見たことがある」
「やはり嘘だったか。すでに猟師に知らせていたようだな」
長身の男がディルに責めるような視線を向ける。
「ちがう! 先生たちはなにも知らねえ! アッシュ、そうだろ?」
「いや、父さんたちはもうすぐここに来る。お前たちはおわりだ」
「なにを言ってんだよアッシュ!?」
ディルとアッシュの言っていることが真逆なので、長身の男は考えるそぶりをみせた。
「おまえたち、2人で行ってこい。村に知らされる前に猟師一家を始末しろ。急げ」
「へいへい」
小柄な男と腕組みしていた男が山道のほうへ小走りで去っていった。
これで敵が2人になった。
今はこれでいい。
両親を危険に晒すことになったのだからいいことはないが、とにかくこの場の人数を減らさないとディルを助けられない。
「逃げたら殺すぞ。連れてこい」
長身の男がディルに剣を突きつけて命じると、村娘がこちらに歩きはじめた。
チャンスだ、とアッシュは思った。
今はアッシュから見て、村娘が左、ディルが真ん中、長身の男が右にいる。
この位置関係ではどうやっても敵を1人しか【その風】に巻きこめないし、うまく移動できてもディルを巻きこんでしまう。
しかし、村娘がこちらに移動を始めたことで、その位置関係が変わろうとしている。
アッシュはじりじりと左後方に移動した。
すると、村娘がため息をつきながら歩く方向を修正した。
あとすこしで村娘と長身の男が一直線に並ぶ。
もう少し……。
ふと村娘が足を止めた。
「魔法?」
ドキっとした。
「村の若いやつが言ってた。気持ち悪い動きをする子どもがいるって。魔法を使ってるんじゃないかって。あれアンタのことじゃない?」
話しながらもアッシュの反応をうかがっていた村娘は確信を強めたようだった。
「やっぱり。この子きっと魔法使いだ! 気をつけて!」
村娘が後ろにさがって、懐からナイフを取りだした。
長身の男も警戒を強めたように身構える。
おそらく村娘は空き地の取り合いで揉めた若者たちからアッシュのことを聞かされていたのだろう。
あのときスロウドライブを使ったことがよりによってこんな状況で悪影響を及ぼすなんて。
アッシュは激しく後悔した。
状況が悪化した。
決定的に。




