15 競い合う両親
ディルの父はグリーズという名の革職人であり、店も営んでいる。
猟師のアドルとは昔からつきあいがあり、よく取引をしているらしい。
そんな親同士の縁もあって、アッシュとディルはやがて家族ぐるみの付き合いをするようになり、そのうちにアッシュが村を訪れるだけでなく、ディルも山の家に遊びに来るようになった。
ディルが来たときに在宅していると、アドルは妙に張りきった。
2人を森に連れだして狩りの仕方や罠の仕掛け方を教えてくれるのだ。
冒険心豊かなディルはこれをおおいに喜んだ。
そうなるしばらく前、ちょうどフェリニア教の学校への留学話が立ち消えになった頃から、アドルはアッシュを狩りに連れだすようになった。
猟師としての知識や技術を教えるために。
一家にとっては降ってわいたような留学話だったが、それがダメになったことがきっかけでアッシュの将来について考え始めたのかもしれない。
自分の経験を伝えようと思ったのだろうか。
「アッシュ」
森の獣道を先行していたアドルが立ち止まり、地面を指さした。
「野ウサギの通り道だ。この前教えたくくり罠を覚えてるか? ディルに教えてやれ」
教わったことは完璧に覚えている。
なにしろ1度見聞きすればティーエが手順を完璧にラーニングしてくれるのだから。
ただ、即座に使いこなせるようになるかというと話はべつだ。
手早く正確に罠を仕掛けられるようになるためには反復練習が必要だった。
マニュアルを完璧に記憶していても、やはり体を使うことは体に覚えこませないとうまくできるようにならないのだ。
アドルが実演をやらせるのもそれを意識してのことだろう。
アッシュが野ウサギの通り道に木の枝と蔓でてきぱきとくくり罠を仕掛けると、ディルは尊敬の眼差しをした。
「アッシュすごい! おっさんがつくったやつと同じじゃん!」
「それは褒めすぎだよ」
照れ隠しの否定だったが、アドルもしみじみとうなずいた。
「いや、1度教えただけなのにたいしたもんだ。やはりおまえは賢いな。それだけの頭があるんだ、もっと見合ったことを学ぶべきなんだろうなぁ」
まるで留学しろと言っているかのような言葉に、アッシュは困惑させられた。
「あとなディル。おっさんじゃなくて先生と呼べ。ものを教わるときにゃふさわしい態度ってもんがあるんだ。お義父さんでもかまわんが」
「お父さん? なんでおっさんが親父になるんだ?」
「いずれそうなるかもしれんからな」
「おっさんはおっさんだよ。じゃあ先生って呼ぶ!」
5歳児と6歳児をつかまえてあまりにも気が早いアドルにアッシュは苦笑いした。
だが、これも普段から自分が子どもらしからぬ振る舞いをしているせいかもしれないと軽い危機感を覚えもした。
とはいっても、ベッドに寝たきりで他の子と接したこともないので、普通の子どもがどう振る舞うのか知らないからどうしようもないのだが。
そうやってアドルが子どもたちのちょっとしたヒーローになると、なぜかサビーヌまでその気になった。
「先生先生」とにわかにちやほやされるようになった夫に嫉妬したのかもしれない。
ある日、アドルがいない隙を見計らって細い木の棒を何本か持ってくると、なんと剣術を教え始めたのだ。
ささくれでケガをしないようにと、ご丁寧にも木の棒の表面はきれいにこそいであった。
前々から準備を整えて機会をうかがっていたのだろう。
「私が教えられるのはこれくらいだから」
サビーヌが舞いのように華麗な剣技を披露してみせると、ディルが運命の人を見つけたかのように目を輝かせた。
母の体のキレが妙にいいのは昔魔法の練習をしているときに見て知っていたが、あのキレのよさは剣術に由来するものだったらしい。
納得すると同時に、母の素性を謎に思う気持ちがますます深くなった。
「お袋さん、なにもの?」
ディルに問われても答えようがない。
知りたいのはこっちだ。
幸いにもディルはすぐにサビーヌの真似をして棒をふりまわしはじめたため、聞いた先から自分の質問などどうでもよくなってしまったようだ。
「にしてもすげーよな、サビーヌおばさん。さすがオレのダチのお袋さんだ」
「さすがって、ディルには村に友だちがたくさんいるじゃないか」
「あいつらは子分だ。ダチはアッシュだけだ」
アッシュは不覚にもグッときてしまった。
まさかこんなタイミングで心を引っかかれるとは予想すらしていなかった。
べつの意味で心を引っかかれた人物がいなければ、涙ぐんでいたかもしれない。
「ディリリア? おばさんはだめでしょう?」
「え、だっておばさんはおばさんだろ」
「そう? その態度つづけるんだ? ちょっとそこで構えなさーい?」
ディルに木の棒を構えさせると、サビーヌは目にも止まらぬ鋭い打ち込みをいれた。
ディルはあっさり木の棒を弾き飛ばされただけでなく、自身も吹っ飛ばされて地面に尻もちをついてしまった。
サビーヌがディルの前に身を屈める。
「痛かった? でも私もとっても心が痛いの。覚えておくのよディリリア。時には言葉というのは剣よりも深くひとの心を傷つけるものなのよ。いつか後悔しないように、もっと言葉には鋭くなりなさい」
いかにも深みのある人生訓を教え諭すような口ぶりのサビーヌだが、動機はほぼ私怨である。
しかし、ディルはいよいよ目をキラキラさせた。
「おばさん、すっげー!!! もっと見せてくれよ!」
「だからおばさんやめろって」
そんなことがあって以来、サビーヌはディルがいないときにも、暇を見つくろってはアッシュに剣を教えてくれるようになった。
両親が急に自分の持っているものを伝授してくるようになったのは不思議だったが、体を使ってやれることが増えていくのはアッシュも純粋に楽しかった。
そのようにして日々が過ぎていき、初めてロマノ村を訪れてから1年が経った。
この期間、アッシュたち家族は平穏に過ごしていた。
悪いことはなにも起こらないとなんとなく思っていた。
それが幻想とは知らずに。




