14 たまには金的もする
アッシュは時が止まったような状態になる能力のことを【スロウドライブ】と名づけた。
名づけの理由は単純で、周囲が遅くなるからだ。
『実際にはニューロンが電気信号を超高頻度でやりとりしている状態なので、現実はなにも遅くはなっていないのですが』
ティーエが指摘してきたが、アッシュ本人の感覚的にはまわりの人や物、そして時間そのものが停止しているようにしか見えない。
いっそのこと【ザ・なんとか】と名付けようと思ったほどだ。
とはいえ止まった時のなかでは自分も動けないし、そもそも時は止まっていないらしいので妥協してこう名付けたのである。
あれ以来、この能力を使うことを自分に禁じた。
カンニングは遊びに使うものじゃない。
いくらなんでもズルすぎる。
アッシュがロマノ村に遊びに行くとディルはまっさきに駆け寄ってきて、遊びの仲間に入れようとする。
アッシュを知らない子どもがよそ者に難色を示すこともあったが。
「ダチに文句があるならオレが相手になるぜ?」
などと少年マンガのライバルキャラみたいなことを言って強引に黙らせた。
どうやら村の児童界隈でディルはボスらしく、あからさまに逆らう同年代の子はいなかった。
ディルの名はディリリアで、本当に女の子だった。
とはいえディルは勝ち気を絵に描いたような負けず嫌いで、自分のことを男の子だと思っているフシがある。
ある日、その勝ち気な性格が災いする事件が起こった。
同年代の子どもに対するのと同じノリで、十代の若者たちにつっかかっていったのだ。
フラゴニア王国の辺境に位置するロマノ村は、隣のザスルア王国との国境近くにある。
近年では両国のあいだに目立った武力衝突はほとんどないらしいが、それでも紛争地帯であることにはかわりない。
国境の防衛を担うロマノ城には中央から送りこまれた精鋭の戦力が駐屯しているし、それはザスルアの側でも同じだ。
このように軍備が充実している紛争地帯では軍隊が巡回警備のときついでに魔物を討伐してしまうため、ロマノ村周辺が脅かされることは少ない。
しかし、危険がゼロになったわけではない。
だから用もないのに子どもが村からでることは基本的には禁止されている。
そうなってくると、問題なのは遊び場所の確保だ。
安全な村のなかにあって、しかもそれなりに広さのある空き地は絶好の遊び場所。
当然、取りあいが発生する。
幾度かの血で血を洗う凄惨な抗争をへたのちを、それを避けるための不文律が生まれた。
現在、空き地の使用権は年齢層によって時間制のようになっており、若者が家業や農作業を手伝う午前中は児童が空き地で遊び、昼過ぎになってぼちぼち若者が姿を現すと退散する、というのが暗黙のルールだった。
だが。
その日はどういうわけか午前中から若者のグループが空き地に現れて、まだアッシュたちが遊んでいるのに我が物顔でふるまいはじめたのだ。
こういう場合は年下がすごすごと引くのが世の習わしである。
反抗しても拳の2、3発をもらって教育されるのがオチなのだから。
ディルはちがった。
「ざけんな! まだオレらが使ってるんだよ!」
よせばいいのに、倍も背丈のある若者につっかかっていったのだ。
当然のように小突かれたが、それで引くような性格なら最初からつっかかってなどいかない。
ディルが強情に場所を譲らない態度をみせると、若者が拳にこめる力が1段階あがった。
「かっ……!」
ふだん農作業で鍛えているガタイのいい十代の少年が6歳の女の子の顔面をまともに殴ったのだ。
ディルは鼻血を流し、勢いが止まる。
「やめなよ」
見かねたアッシュが割って入ると、少年はにやけ面をむけてきた。
6歳を殴ったら5歳がでてきたのだから、舐めくさるのもある意味当然だろう。
だがその舐めくさった顔が少年の運命を決めた。
(ティーエ、やってもいいよね)
『やっておしまいなさい』
お墨付きが出た。
アッシュは遠慮なくスロウドライブを解禁した。
最初のうちへらへらと余裕たっぷりにしていた少年だったが、5歳の子どもにパンチもキックもまるで当たらないとだんだん顔色がかわっていった。
「おいおいマジかよ、そんなチビによけられて恥ずかしくねぇのかよ」
仲間から笑いものにされて少年はますます本気になって拳を振りまわしたが、当たらないものは当たらない。
とはいえ、アッシュの側からも有効打になりえる少年の顔には手足が届かない。
やろうと思えばジャンプ攻撃もできるのだが、あまり目立つのもよろしくない。
そんなわけで届くところに反撃することにした。
つまり、股間である。
何度も金的をくらった少年が「これはたまらん」、とついに股間を両手でガードしはじめると、見物していた若者たちは爆笑した。
その少年がウケを狙うためにわざと滑稽な劇を演じてみせたのだと勘違いしたのだろう。
もう昼飯どきなこともあって、若者たちは「よくやった」とばかりにその少年の肩を親しげに抱いて帰っていった。
当の少年の顔は青ざめ、引きつっていた。
「おまえやっぱりすごいな!」
鼻血まみれのディルがアッシュの首に腕をまわして喜んだ。
せっかく鼻血を代償に空き地を守ったわけだが、昼飯の時間だったので結局みんな帰った。
子どもは腹が減ったら家に帰るのだ。
帰る家があれば、だが。




