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時をあやつる魔法族に転生した。未来のAIに導かれ最強の魔法王になる  作者: 飛来甲殻類


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12 能力覚醒


「本気を出す」


 などとティーエが不可解なことをいいだした。


 アッシュとしてはすでに十分本気を出しているつもりである。

 とはいえ質問している時間も余裕もアッシュにはなかった。

 ディルが動きだしていたからだ。


 足を小刻みに動かしてフェイントをしかけようとしている。


 右か?

 左か?


 アッシュはディルの目から方向を読み取ろうとした。

 しかし、ディルはまっすぐ前だけを見つめて狙いを探らせない。

 これでは左右どちらにくるかわからない。


「どっちだって顔してるな!」


 こちらの焦りを感じとったのか、ディルがニヤリと笑った。


 フェイントに引っかかって逆を突かれたら今度こそ抜き去られ、こんどは追いつけないだろう。

 アッシュはわずかな動きも見逃さないつもりで目の前の相手に最大限集中した。


 すると、奇妙なことが起こった。


 突然ディルが動かなくなったのだ。

 動きを緩やかにしたとか、勢いをつけるために溜めをつくったとか、そういう予備動作的な停止ではない。


 フェイントをかけようとする不自然な体勢のまま、凍りついたかのように停止している。


 ディルだけでなく、ボールも地面から少し浮いたところに糊付けされたみたいに停止している。


 それどころか、空中で微動だにしない虫の薄羽一枚一枚まではっきりと見えた。


 世界が止まっていた。

 音さえも。


(超一流のアスリートがいってるのを聞いたことがある。極度に集中力が高まるとすべてが止まって見えるって。これが【ゾーン】……?)


 アッシュは己が高みに達したような感覚に身震いしそうになった。


『悦に入っているところ申し訳ありませんが、ゾーン状態ではありません』


 ちがったらしい。

 恥ずかしい。


(……じゃあキミが時を止めたの?)

『それもちがいます。かんたんにいえば走馬燈状態です』


 走馬燈。

 死の間際に人生で経験した光景を高速で見るというあれか。


『今マスターの脳内では神経信号が平常時の数万倍の頻度でやりとりしています。正確にいえば彼らが止まったわけではなく、あなたの思考だけが超加速しているのです。今までも何度かこの状態で会話したことはあるのですが、気づかなかったようですね』


 そういえば……とアッシュは思い当たった。

 いま思えば、ティーエと脳内で会話しているあいだ外界の動きがなかった気がする。


『それだけはありませんよ。ディルをよく観察してください』


 言われた通りにすると、ディルの体の右側に奇妙な文章が浮かんでいた。




 ・右にボールを動かしてドリブル(3%)




 驚きながらもその文章に注目する。

 こんどはディルの体から薄い色のシルエットが離脱して、実際に右に向かってドリブルしはじめた。


 もちろん、ディル本体はその場で停止したままである。

 まるで魂だけが抜け出て未来の動きを再現しているようだった。


 左側を見てもおなじことが起こった。

 いま空間に表示されている文章は3つだ。




 ・右にボールを動かしてドリブル(3%)

 ・左にボールを動かしてドリブル(3%)

 ・股のあいだにボールを通す(90%)




(未来予知……なの?)

『そんな非科学的なものではありません。これは対象の姿勢、重心、筋肉の微妙な緊張や収縮から算出した行動予測です』

(すごい、ディルの考えてることが丸裸だ!)

『言葉は嘘をつきますが、体は嘘をつけませんから』


 ディルは右か左かと精神的にゆさぶっておきながら、実はアッシュの股の下にボールを通して抜き去るつもりだったのだ。


 狡猾な心理フェイントである。

 もし実行されていればまんまと引っかかっていたに違いない。


(けど、どう動くかわかっていれば、かんたんに止められる!)

『あくまで思考を高速処理しているだけなので、マスター自身が加速するわけではないことをお忘れなく』

(じゅうぶんだよ)

『では、解除します』


 たちまち世界に速度が戻ってくる。


 ディルが視線を右に向けてフェイントをかけながら、足先でちょんとボールを蹴りだした。


 まっすぐに。


 ついさっきまでなら引っかかっていただろう。

 しかし、その動きはすでに再現映像で予習済みだ。


 アッシュは股の下を通過しようとしたボールをやすやすと止めた。


「なにっ!?」


 もうアッシュの横へ走りだしていたディルが驚きに目を見開いてたたらを踏んだ。


 それでも踏みとどまって体勢を立て直したのはさすがである。


「や、やるじゃんか」

「こんどはこっちがいくよ」

(もう1度アレ、できる?)


 返事のかわりに、また世界が止まった。




 ・左へのドリブル(15%)

 ・右へのドリブル(15%)




 アッシュのシルエットがドリブルをしかけ、それをディルのシルエットが止める映像が見える。


 守備で対応するときとはちがって、表示されているのは攻撃の成功率らしい。

 ディルは守備もうまいようだ。

 右にいっても左にいってもほぼ確実に止められてしまう。


 しかし、文章はこの2つだけではない。

 こんども文章は3つ表示されていた。

 最後の1つを見てアッシュは思わず苦笑してしまった。


「いくよ!」


 時間が戻ってくると、アッシュはぽんとボールを押しだした。

 ディルの股のあいだに。


「あ、クソッ!?」


 左右をまんべんなく警戒していたディルは完全に裏を取られ、それでも抜かせじと強引に振り向こうとしたせいでバランスを崩してしまった。


 決着がついた。


 アッシュは好敵手が地面に倒れる音を背中に感じながら、悠々とボールを敵陣の奥までドリブルしていった。


 表示されていた3つ目の文章はこうだ。




 ・股のあいだを抜く(85%)




「うおおおおおおおお!」


 新たなる空き地の王の誕生に、チームの垣根を越え王国民たちが喜びの声をあげて集まり、アッシュはもみくちゃにされてしまった。


 さっきまで王として君臨していたディルは、歓喜の輪からはなれたところでポツンと1人で地べたに座りこんでいる。


「負けた……」


 としばらく放心状態のようだったが、やがて……。


「すごいよぉ、ズルいよぉ!」


 人目もはばからずに泣きだした。


 なんだか気の毒だ。

 遊びに誘ってくれたのはディルなのに。


「いい試合だったよ」


 アッシュはディルに歩みよって手を差し伸べた。


 ディルは差しだされた手をきょとんと見つめる。

 それからおもむろに手をつかむと、いきなり頭を引っぱたこうとしてきた。


 しかし、アッシュはその奇襲を予期していたのでなんなくよけた。


「なんでよけるんだよぉ! ズルいよぉ! おまえすごいよぉ!」


 またぐずぐず泣きだすディル。

 よほど悔しいようだ。


『マスター、女の子を泣かせてしまいましたね』

(女の子……?)

『はい。ディルは生物学的には女性です』


 あらためてディルをよく見てもわからなかった。

 自分の思い通りにいかなくて駄々をこねて泣きわめく子どもにしか見えない。


「さっきからうるせえぞガキども!!!」


 近所の大人が怒鳴りこんできたので、空き地王国はあっけなく崩壊し、王国民は蜘蛛の子を散らすように逃げだした。



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