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時をあやつる魔法族に転生した。未来のAIに導かれ最強の魔法王になる  作者: 飛来甲殻類


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1 まずは泣いてください


 目をあけると、汗ばんだ女性の顔が見えた。


 まだ少女の面影がある優しそうな顔だ。

 長い栗色の髪をひとつに結って肩から流している。


(看護師さん……じゃなさそうだ)


 男は先天的な不治の病のせいで人生の大半を病院のベッドで過ごした。


 微笑みかけてくる女性といえば、看護師と決まっていた。


 だけど、この女性の着ている衣服はどう見てもナース服ではないし、そもそも苦痛に満ちた生はさっき終わったはずだ。


 その女性は柔らかい微笑みと優しげな眼差しを向けてくる。


「――――」

(なにを言っているんだ?)


 日本語ではない。


 英語でも中国語でもラテン系の言語でもない。

 知っているどんな外国語とも異なる響きだ。

 理解できないどころか、そもそも聞き取れない。


「――――アッシュ」


 同じ単語をなんどもくりかえしているため、かろうじて最後の部分だけ聞き取れた。


(名前?)


 なぜこの女性は親しげなのだろうか?

 それに顔の距離が近すぎる。

 今にもキスしてきそうな距離感だ。


 ひたすら困惑していると、女性はにっこりと笑い、あろうことか上着をおもむろに肩からずり下ろした。


 ふくよかな胸が露出する。


 輝くように白くなめらかな肌は、張りがありつつも柔らかさを想像できる曲線を描いている。


(なにをっ?)


 生身のおっぱいを見たことはなかったので慌てて目を伏せて。



 そして気づく。

 自分の手が異常に小さいことに。



 まさかと思いながら確認してみると、小さな指が頼りなく動いた。


 間違いなく自分の手だ。

 手だけじゃない。

 指も足もそして胴体も。

 自分の体のなにもかもが小さい。


(僕は赤ん坊になっているのか……)


 どういうわけか赤ん坊になっていて、この女性の胸に抱かれているのだ。


 不思議なことに、知らない女性に抱かれているというのになぜかとても安心する。


「アッシュ? どうしたの?」


 女性が不安そうに小首をかしげる。


 反応を促すように、ゆさゆさと優しく体を揺さぶってくる。

 そのたびに大きな胸がぷるぷると波打つ。


 すこしずつ、白い胸を彩る桜色のきれいな乳首が近づいてくる。

 本能的にそれを口に含んだ。


 ちゅうちゅう吸うと甘酸っぱい香りが口の中に広がった。


 口の中で乳首が固くなったが、不思議といやらしい気持ちにはならず、むしろ穏やかで安心した気分になる。


「―――――――――」


 くすくす笑いながら女性がまたなにか言った。

 あいかわらずさっぱり聞き取れない。

 ここまでくるとただの外国語ではなさそうだ。


 近くに見える窓には窓ガラスがなく、女性が着ているものも中世の村娘のような衣装だ。



(あぁ。きっと転生したんだな……)



 男は生前、異世界転生ものを好んでいたからすんなり受け入れた。

 お乳を飲ませてくれるということは、この女性は母親なのだろう。


 母親が笑いながらなにかを言うと、横に立っていた男性――父親?――が苦笑いした。


 なんとなく性的な冗談のような気がしたが、あいかわらずさっぱりわからない。


 そのとき、性別も年齢もわからない中性的な声が響いた。



『解析が完了しました。ただ今より自動翻訳を開始します』



 男――アッシュはびっくりした。


 声が耳のすぐそばから聞こえたからだ。

 いや、耳のすぐそばというより、もっと近い。

 まるで頭の内側で直接響いたかのようだ。


 その直後、もっと驚くことになる。


「ほらやっぱり。お乳を吸っている表情があなたそっくり!」


 母親の言葉をはっきり理解することができたのである。


「そんなわけないだろ。だいたい俺はこんな必死な顔はしてないぞ」

「ふふ。本人は気づいてないだけよ。ねー、アッシュ?」


 なぜか、さっきまでさっぱりわからなかった2人の会話を完璧に理解できた。


 問いかけに応えるために、アッシュは名残惜しさを感じながらも突起物から口を離した。


「あぁやーや」


 よくわかりません。

 そう言おうとしたのに口から漏れたのは意味のない音だった。


 すると、2人が顔を見合わせた。


「しゃべった?」

「まさか。まだ生後3日だぞ」

「いいえしゃべったのよ。もう私たちの言葉を理解しているのよ! さすが私の子ね!」

「いやあ、気が早いと思うがなあ……」


 父親が母親の親バカぶりに苦笑しながら頭をかいた。


『翻訳には成功しましたが、舌と声帯が未発達のため発話はできません』

(なんなんだこの声は。直接頭に響いてくるみたいだ)

『みたい、ではなく直接語りかけています』


 驚いたことに会話が成立した。


『ご挨拶が遅れました。わたしはTHX-3811と申します。あなたの時代ではAIと呼ばれていた存在です』

「(AIだって!?)えあやぇやーや」


 アッシュは驚きすぎてつい声を出してしまった。

 言葉にはならずに無意味な声として漏れただけだが。


 すると母親が前にもまして愛おしそうな視線を向けてくる。


「見てあなた。またなにか言ったわ。アッシューなにが言いたいのー?」

「……なあ、そいつなんかヘンじゃないか? 熱でもあるんじゃないか」


 父親がアッシュの額に手を当てた。

 手応えがなかったのか、つぎに顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。


 とたんに顔をしかめた。


「あー、くそっ! こいつクソを漏らしやがった」

「ちょっとそんな言い方しないで。赤ちゃんがうんちするのは健康な証拠でしょ」

「まあ、そうなんだろうが、臭いな……」

「あら臭くないわよ。私はアッシュのうんちなら口に入れてもぜんぜん平気よ」


 真顔でとんでもないことを言いはなつ母親に、父親がやれやれと言いそうに苦笑する。


 アッシュはあらためて心の中で言い直すことにした。


(AIさん?)

『はい』


 やはり中性的な声が反応した。


(どうして僕の頭のなかにいるの?)

『わかりません。わたしはあなたの時代より未来で破壊されました。そして次の瞬間にはここ――つまりあなたの脳内にいました』


 破壊。

 死んだと理解した。


(僕と同じだね。でもどうして僕と同じ体に?)

『わたしもあなたと同じでつい先ほど覚醒したばかりですから、状況はほとんどわかっていません。この2人の会話からサンプルを収集して翻訳するのが精いっぱいでした』

(すごい)

『それほどでもあります。わたしは人類が生みだした最高のAIですから』


 AIと1つの体に同居しているなんて。

 そう戸惑う面もあったが、ここが過去の地球なのか異世界なのかもわからない状況では相談相手がいることは心強い。


(僕は……どうすればいいんだろう?)

『様子を見ましょう』


 その間にも、夫婦はアッシュをテーブルに寝かせて汚れたおしめを交換しようと奮闘していた。


 母親は早くキレイにしてあげなきゃと焦るあまり、アッシュを布でぐるぐる巻きにしてしまいそうになる。

 いくら初めてにしても不器用さが際立つ。


 父親は所在なさそうに腕組みしていたが、ふとアッシュに不思議そうな目を向けてくる。


「にしても、こいつぜんぜん泣かないな。赤ん坊ってのは不快なら泣きわめく生き物だと思ってたが」


 疑いの目。

 不審に思い始めているようだ。


 脳内に声が響く。


『先ほどあなたはどうすればいいかと聞きましたね?』

(うん)

『まずは泣いてください』

(なにも悲しくないんだけど)

『怪しまれますよ』


 それは困る。

 アッシュは記憶のなかから苦痛を思いだしてむりやり泣いた。



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