大門先輩
「はい、もしもし・・」
間違い電話かもしれないので、とりあえず名乗らずに出た。
「山崎か?俺だよ。俺、久しぶりだから判らないか」
俺?オレオレ詐欺みたいなヤツだな。
「何年ぶりかな。俺だよ、大門だよ」
「・・・・!、大門先輩ですか。あぁ、お久しぶりですね」
大学時代のひとつ上の先輩『大門 正』だった。
「就職してから一回会ったきりだから、10年ぶりくらいですよ。先輩、お元気ですか」
「そうか、そんなに経つか。俺は元気だ。そっちはどうだ?」
「ええ、元気ですよ。もっとも最近は、メタボの恐怖におびえてますがね」
「うん、うん。元気なら安心した。ところで、実はお願いがあるんだがそのうち時間取れないかな」
「どうしましたか。この不景気に借金なら無理ですよ」
大門先輩とは、同じ学部で親しくしていた気軽な冗談も通じる気のおけない先輩だったが、就職してからはほとんど行き来の無い間柄であった。
「いや、そうじゃない。人づてに聞いたんだが、お前の会社で新しい仕事を探しているらしいじゃないか。もしかしたら、それにも役に立つんじゃないかと思ってな」
「本当ですか。そりゃありがたい。そういうことでしたら、明日でもいいですよ」
「そうか、じゃあ、明日の夕方4時頃、俺の学校でどうかな」
「えっ、学校・・ああ、大門先輩は、確か金星学園高校の先生でしたねぇ。いいですよ。その時間は空いてますから、伺いますよ」
「んじゃまぁ、積もる話もその時にな」
懐かしい声を聞いて、一時会社の状況も、喫煙者の肩身の狭さも忘れたものの、マイ灰皿の中でまだくすぶっているメビウスを見つけると、(あぁ、もったいない)とシケモクをはじめる山崎だった。
翌日、山崎は指定の時間に私立金星学園高校を訪れた。
私立金星学園高校は、山崎の会社から電車で30分位の郊外にある学校で、比較的新しい学校法人だった。
特に進学校ということでもなく、かといって落ちこぼれ用の学校という訳でもなく、比較的中庸の私立学校のようだが、その経営母体は幼稚園から専門学校まで教育関係を手広く行っている法人事業体らしい。
4時の約束だったが、学校はまだ授業中で校内は意外なほど静かだった。
大門先輩は、この時間帯の授業がないのかなと思いながら受付で先輩の名前を告げると、すぐに大門が出てきて山崎の手を両手で握り大きく握手した。
「おぉ、山崎、久しぶり。元気そうでなによりだなぁ~」
先輩の風貌は、山崎の想像よりも幾分前髪が後退していたが、赤ら顔のエネルギッシュな表情は学生当時を思い出させた。
ひと通り旧交を暖めなおすと、山崎は会議室へ案内された。
会議室には誰もいない。
「実は、相談というのはこれなんだよ」
大門はそういうと、会議室の片隅に立っているホワイトボードを指差した。
ホワイトボードには、大判の模造紙が張ってあり、そこには何やら図形が描かれている。
「この図面を生徒たちと一緒に作ったんだが、実物にできないかねぇ」
その図形は、どうやら何の設計図らしい。見たことが無いような機械の設計図だが、非常に良くできている。とても高校生が作ったとは思えない。
「もちろん、図面はこれだけじゃない、もっと細かいものがここにある」
そう言うと大門は、ホワイトボードの前にある会議テーブルの上の1センチ位の厚さの書類に手を置いた。
「これは何の設計図ですか」
「この学校にはボート部があってな。俺はそこの顧問なんだよ。これは、ローイングエルゴメーターといってボート競技で使う練習用のトレーニング器機の設計図だ」
「はあ、ボートってあの湖や川に浮かべて漕ぐ、あれですか」
「ああ、あんまり日本じゃポピュラーじゃないけど、やってみるとかなりキツいスポーツでな。ボート競技っていうのは技術も必要なんだが、やはり筋力・体力の影響が大きいスポーツなもんだからこういう専用のトレーニングマシンがあるのさ。もっとも、俺もこの学校でボート部の顧問にならなきゃ知らなかったけどね」
大門先輩の説明によると、ボート競技というのは、日本人にはなじみが薄いスポーツだが、欧米、特に北欧あたりでは人気が高く盛んに行われているらしい。




