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新しい働き口を求めて①


「今回も駄目だったわ」


 小さく呟きながら歩くメアリーは今日、約一年間働いた伯爵家から暇を出されてしまった。ありていに言えばクビだ。しかもかれこれ四回目のクビ。

 クビの理由は主人の大切な花瓶を割ったからだ。正確にはメアリーは割っていないが、他の侍女の責任逃れのために新人のメアリーが担ぎ出されてしまったのだ。

 まぁこんなことはよくあることだ。前回も前々回も、前々々回も似たような理由だった。

 メアリーはどちらかと言えば地味な顔立ちで物静かなため周りから仕事や小さなミスを押し付けられやすかった。

 実際のメアリーはほどほどにおしゃべりが好きなのだが、仕事中はとっつきにくい印象があるためかほとんど他の侍女と話をすることは無かった。

 そのため次第に他の侍女たちから孤立し、最終的には濡れ衣を着せられ解雇されてしまう。そんなことをやっていないと言っても結果は変わらなかった。


 そんなこんなでクビ慣れしていたメアリーは特に気落ちすることなく働き口を斡旋してくれる知人のもとを訪ねていた。

 屋敷で働いている間はまとまった休みなどとれないので久々に訪れるその場所に密かに心躍っていた。


 賑やかな商店街を抜けた先には大きな門があり、その門をくぐり丘の上を歩いていくとメアリーが目指していた屋敷がある。

 色とりどりの花が植えられた庭園、そして大きな噴水。その周りは石畳が敷かれていて歩くたびにカツンカツンと靴の音が響く。思わずダンスを踊るような感覚で軽やかにその上を歩く。

 そんな風に楽しみながら屋敷のほうへ進んでいくがメアリーが立ち止まるのは客人を招き入れる豪華な玄関ではない。玄関から少し離れた見えにくい場所にある従業員用の扉だ。


 気持ちを整えるように深呼吸を一つした後、コンコンと扉をノックする。

「ご無沙汰しています、メアリーです」

 その言葉に答えるように静かに扉が開けられる。扉を開けてくれたのはこの屋敷の執事であるキースだった。

「メアリー様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「はい。おかげさまで風邪の一つも引かず」

「それはようございました」

 まるで客人のような話し方をする執事に何度そのような対応は辞めてくれと言っても彼は決して首を縦には振らなかった。

 それどころか「我が主人の大切なご友人ですから」と言い、何かとメアリーの面倒を見てくれるのだ。

 もう六十を超える執事に貴族のお嬢様のように世話をされるのは気恥ずかしさもあったが「これが私の生きがいなのです」と言われれば大人しくするしかなかった。


「ではアレク様のもとにお連れします。きっと首を長くして待っておられるでしょう」

 キースの案内のもと向かったのは温室だった。

「今回は随分と早い暇だね」

 通された部屋にいたのはメアリーの知人であり、この屋敷の持ち主であるアレク・ハーストだけだった。

 ちょうど本を読み終わったのか、机に本を置くとメアリーを見てほほ笑んだ。女性たちが見たら黄色い悲鳴を上げそうな美しい顔で。


「ようやく仕事を覚えてお給料も少し上がりそうだったのに残念です」

 アレクのほほ笑みに頬を染めることもなくメアリーは返す。

 ははは、とメアリーの顔を見ながら笑うアレクはもとはとある伯爵家の三男坊だったが、花や薬草に興味を持ちそこから新たな薬の研究開発を行い、我が国に多大なる功績を残したとして一代限りではあるが伯爵の爵位を得た男である。

 似たような境遇の中遊んで暮らす貴族が多い中、そんな功績を残したものだから他の貴族からは尊敬されつつどこか浮いたような存在でもある。

 貴族の中でもアレクはとても気さくな人で商店街で買い物もするし街の広場で音楽を奏でることもある。


 アレクは顔は良いが左目の下にあるほくろのせいか、垂れ目のせいかどこか軽薄そうな印象を受ける。

 だがその実、とても常識人であり人当たりも良いことから花のアレク様と街の人から人気がある。

「それで今回も駄目だったのかい」

「はい、残念ながら」

「全く残念そうに思っていない顔だけどね」

 一応眉をひそめてうつむき目に返答したのだがアレクには通じなかったようだ。

「それで?また働き口を探すの?もううちで働いたらいいんじゃない?キースもそれを望んでいるよ」

 ここまで案内してくれたキースの顔が浮かぶ。きっと彼ならば「ぜひにぜひに」と言うのだろう。けれど。

「ありがたいお話ですが」

「みなまで言わなくていいよ。分かってるから。ここでは働けませんでしょ」

「はい」

 何度打診されても答えは変わらない。知人であるアイクの家にこれ以上厄介になるつもりはない。

 身内のいない、しかも結婚適齢期を過ぎた二十七歳の女のために仕事を斡旋してくれるだけでもありがたいことだ。

 もともと侍女として働いていたのだがその後仕事を変え下町でも働いてみたが未婚の女が朝から晩まで働くことに町の人たちは厳しい目を向けた。「こんなところで働くより娼館で体を売ったほうが儲かるぞ」と言われたこともある。本当に生活が困窮していた時一度だけそうしようと思ったこともあったが寸でのところで思いとどまった。

 やはり宿屋や酒場で給仕をするだけだと給金も少ない。となればやはり衣食住がついている侍女として働くほうが良いと結論付けた。


 だがここで立ちはだかるのが後ろ盾である。ある程度の貴族の侍女となると推薦人が必要になる。悩み悩んでかつての知り合いであったアレクの家の扉をノックしたのは二十歳の時だ。追い返されるかと思ったがアレクは快く推薦人を引き受けそれから七年、彼はかなりの頻度でクビにされるメアリーに仕事を斡旋してくれる。


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