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モリスの絶叫


 ザックの屋敷に勤め始めて一ヶ月。

 メアリーはヒーストやハリスたちに質問をしなくても一通りのことをこなせるようになってきた。

 と言ってもやることはほぼ毎日である。庭に植えてある花の水やり、馬小屋の掃除、洗濯、屋敷の掃除。あとは壊れた家具の修理など。

 離れには使用人の私室が設けられているが私室に関しては各々掃除なのでメアリーがすることは共用部分と廊下の掃除だけだ。

 母屋ももちろん毎日掃除しているがほとんど人の出入りがないのでは汚れはあまりない。

 それでもメアリーはせっせと窓や床を磨き、調度品を布巾で拭いていく。


「メアリーが来てから屋敷がピカピカになった気がする」

「分かる」


 モリスとハリスとともに廊下の掃除を黙々としているときにモリスの声が廊下に響いた。

 そしてそれに賛同するハリスの声。


「そうですかね?」


 少し離れたとこで掃除をしていたメアリーは掃除の手を止めモリスたちのほうへ顔を向ける。


「絶対そうだよ!俺たちだけだったら、ささっと終わらせていたところもメアリーはすごい丁寧だし。最初はそんなに丁寧にやらなくてもと思ってたけどやっぱりきちんと掃除すると綺麗さが違うなって思う」

「本当にその通り」


 メアリーからすると二人のこの反応は少し意外だった。

 もともとこの屋敷はそこまで汚れてはいなかった。それはハリスとモリスがせっせと掃除をしてきたからである。

 しかし彼らはそれを恩着せがましく言うことなどなくメアリーとともに一緒に掃除をしてくれているのだ。

 ここ数年メアリーが出会ってきた使用人たちは他人の手柄を横取りしたり、蹴落としして成り上がろうとする者ばかりだった。

 そんな環境だったからかハリスとモリスの言動にメアリーは日々驚くことばかりだ。


「ありがとうございます」


 嫌味のない誉め言葉が久しぶりだったメアリーは少し頬を緩めた。


「メアリーはまだ若いのにこんなに仕事が丁寧ですごいね!」

「本当に」


 うんうんとハリスが頷く中、メアリーはモリスのその言葉に引っかかった。

 まだ若い?二十七歳と言えば世間的に見れば大人で、明らかに自分より年下そうな彼らに言われるのは違和感があった。


「あの」

「何?」

「お二人はおいくつですか?」

「俺たち?二十四だけど何で?」


 二十四・・・。自分より三歳も若いではないか。


「私は二十七なのでまだ若いというの言葉にはちょっと違和感が。二人のほうが年下ですし」

「・・・うん?二十七・・・?」


 二人が声をそろえて首をかしげる。


「はい、二十七です」


 そして「えええええ!!!」とモリスの声が響き渡る。


「いや!え!メアリーって年上なの!年下だと思ってた!」


 じたばたするモリスに思わず埃が舞うから飛び跳ねないでと言うのを堪えながらメアリーは尋ねる。


「ヒーストさんから年齢聞いてないんですか?」

「言ってたもしれないけど、仲間が増えるってことで頭がいっぱいだったから聞いてなかったかも!」

「僕はモリスがため口だからてっきり年下だとばっかり。すみません」


 普段は表情が表に出にくいハリスでさえ眉を下げながら謝罪をする。


「いえ別にそれは気にしていないのですが。話し方も今まで通りで問題ないですし」

「え?そう?ならまぁこのままで」

「お前はもう少し反省しろ」


 ハリスからの拳骨を甘んじて受けながらモリスはいつもの様子でメアリーに話しかける。


「いや、大人の女性って化粧してるからてっきり俺たちより若いのかと」

「おい!モリス!」


 モリスの発言にハリスの表情がくるくると変わるのは見ていて面白い。あまり表情が変わるところを見ていなかったのでこれはこれで新鮮だった。

 だが今はそんなことを考えている場合ではない。


「モリスさん」

「うん?」

「私これでも化粧しています。出会ったときからずっと」

「・・・・・・・・えええええええ!!!!」


 今日一番の絶叫が屋敷中に響き渡る。

 遠くのほうで鍋が転がる音が聞こえる。きっとモリスの声に驚いたロコかサラが落としたのであろう。

 メアリーとハリスも思わず自分の耳をふさぐ。


「うるさ」


 ハリスの言葉はもっともである。メアリーはモリスに注意しようと口を開きかけた時「何の騒ぎだ?」とさえぎる声が聞こえた。


「あ、ザック様!えっと、これは、その」


 そこにいたのはこの家の主であるザックと執事のヒーストであった。

 ザックはこの騒がしさに苛立つ様子はなかった。逆にヒーストはモリスにものすごいにらみを利かせていた。


「お騒がせしてすみません。三人で話をしていたら思いのほか会話が弾んでしまい」

「いやどうせモリスが頓珍漢なことを言って一人で騒いでいたんだろう」


 否定はできないとメアリーとハリスは思った。

 メアリーの気遣いむなしくザックはモリスを見つめる。

 

「すみません、ザック様」


 謝るモリスにザックは「客人がいるときだけ気をつけてくれればいい」とだけ言いヒーストを連れて私室へと向かって歩き始めた。

 寛大な人なのね、とメアリーは思う。

 普通の主人なら騒がしい使用人がいたら折檻をしたり最悪クビにしたりするものだ。

 今回の主人は変わった人なのかもしれない。


「あ、そうだ。メアリー」


 そんなことを思っているとザックは立ち止まりメアリーの名前を呼んだ。


「何でしょうか」

「ここに来て一ヶ月が経つがどうだ?仕事のほうは」

「皆さんのおかげでどうにかやれております」

「そうか。気負わずやってくれ。何かあればヒーストに言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 ザックは一つ頷くと今度こそ私室へと消えていった。


「重ね重ねすみませんでした、メアリーさん」


 流石にまずいことをしたと思っているのか、モリスが今までの口調を改めて丁寧な言葉でメアリーに謝罪をしてきた。


「その喋り方やめてください。今まで通りで。それにさっきのことも気にしてないので」

「本当に?」

「本当です」

「本当の本当に?」

「モリスさんしつこい男は嫌われますよ。あと絨毯の上でじたばたしないでください。埃が舞います」

「・・・うん、ごめんなさい」


 メアリーさんって結構毒舌?ハリスのその言葉はスルーすることにした。


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