転生貴族。商人になり寄付する!
異世界に転生して、十八年。
俺、ハミル・バーランドは貧乏伯爵家の若様をしていた。
「最近の情勢は?」
「はい。今年は去年に続き、小麦が豊作です」
「よかったじゃないか」
「それが、どうやら値崩れしてしまったようで、農家は頭を悩ませています」
「ふむ」
小麦の価格は一昨年比で半額と、たくさん収穫できたところで輸送費や管理費、利鞘を考えればとてもじゃないが商売にならない。
ここ王都でも、二束三文で売られており町人はありがたい限りだが、そうばかり言ってもいられない。
国民の半数は地方に住む農民だ。
王都の人口は確かに多いが、それがすべてではない。
俺はしばらく考えた。
「バルーヤ男爵家と取引したい」
「あの成金貴族ですか」
「その貴族だが」
「は、はい」
執事が不満そうに言うが、いいのだ。
「伯爵の地位はバルーヤ男爵に売却する」
「し、しかし! 伝統ある我バーランド伯爵家をですか?」
「今が攻め時だ。バルーヤ男爵は不利な取引はしないが、あれでも誠実な男だ」
「そうらしいですが」
「やれ」
「はい」
国王にバルーヤ男爵を伯爵にと推薦する。
その代わり、バーランド家は伯爵から男爵家へと地位が下がる。
それが交換条件だ。
「バーランド伯爵、本当にいいのかね?」
「国王陛下、いいんです。私はちょっとお金が欲しくてですね」
「いままで伯爵家はよく務めてくれた。納得はできんが、理解はしているつもりだ」
「では、認めてくれますか?」
「あい、わかった。バルーヤ家を伯爵へ。代償としてバーランド家は男爵家へと落とす」
「ありがとうございます」
「おぬしが礼を言うことではあるまい」
「まあ、そうかもしれません」
国王陛下への陳情はこの通り、了承された。
もちろん見返りがある。
金貨五万枚。もちろん実際に金貨を運んでくるような馬鹿なことをするのではなく、紙による商業ギルドの帳簿上の取引となる。
さらにバルーヤ男爵が王都と副都市サエストに持っている大型倉庫四軒を貸切る。
バルーヤ男爵は物流業に手を出していて、全国のあちこちに倉庫をいくつも建設していた。
「倉庫四軒ですか?」
「そうだ。倉庫いっぱいまで金で小麦を相場より少し高い金額で買いまくってくれ」
「安い金額で買いたたく、のではなく、高い金額で買う、ですか?」
「そうだ。なるべく転売屋より農家に近い筋がいい」
「了解しました」
「ああ、買い入れ元は自領を優先していい」
「は、はい」
こうしてバーランド「男爵」家は、王都三軒、サエストに一軒の大型倉庫いっぱいの小麦を買い付けた。
「豊作も何年も続くまい。次は凶作が来る」
「さようで」
「世の中はそんなもんだ」
「はい」
「ついでに、倉庫に入らない分の小麦は、孤児院に送り付けておけ」
「寄付、ですか?」
「寄付だ。金を渡しても懐に入れるやつがいるからな」
「なるほど」
こうして王都やサエスト、さらに周辺の地方都市の孤児院には小麦の山が届いたことだろう。
倉庫がいっぱいなのだから、しょうがない。
空き部屋くらいあるだろう、孤児院なんだから。
別に食堂の隅に積んでおくだけでもいい。
そして翌年の収穫は普通であった。
「放出しますか?」
「いや、もう一年寝かそう」
「倉庫の代金がもう一年分かかりますが」
「それくらい出せるだろう?」
「余裕ではありますが、少しもったいない気もいたします」
「当たるも八卦当たらぬも八卦、やってみよう」
「わかりました」
小麦は保留となった。
「あぁ、孤児院の分の小麦は出してくれ」
「孤児院に小麦の寄付ですね」
「そうだ」
食いっぱぐれるから悪いことをするんだ。
飯がちゃんと食えていれば、孤児院も悪いところではない。
さらに翌年、俺は二十歳になった。
「今年は、凶作みたいですね」
「ほれみたことか」
「当たりですが、どういたしますか?」
「相場の八割だ。それより上げるなよ」
「高く買って、安く売れ、ですか?」
「相場は半額だったのだから、利益はあるだろう?」
「ありますが、相場相当でよくないですか?」
「まあそうだが、いいんだ」
「わかりました」
二年前の小麦だ。値段は若干相場より下がる。
それでもほとんど変わらないのが通常の取引らしい。
ぱっと見ても粉にしてしまうと何年前の小麦かなんて、専門家でもないと分からない。
「ああ、孤児院の分も分けて出しておけよ」
「は、はい」
孤児院ではもっぱらパンを焼くほどの人員もいないので、麦がゆ、つまりオートミールだ。
小麦粉にする必要がないので、費用も安い。
まあオート麦ではないが。
小麦だって、似たように水で煮て食べられる。
塩を入れるのが一般的だが、これに野菜、ベーコンなどを適量いれると、それなりにおいしい。
小麦を安い時に買いまくって、凶作の今年、高値で売る。
ものすごい利益が入ってきた。
市場には小麦がほとんどなく、みんな困っていたのだ。
そこへバーランド&バルーヤ印の安い小麦が市場へと追加され、国民は歓声に沸いた。
うちは商業をやってる家ではないので、全国流通へ乗せるためにバルーヤと再び取引したのだ。
バルーヤ伯爵家は笑顔で引き受けてくれた。
それもほとんど中間マージンを取らず利益がないにもかかわらずだ。
あの成金が名誉を取ったのだ。
「バルーヤ伯爵もなかなかの狸おやじだ」
「まだ若いんじゃなかったか」
「言葉の綾ですよ、バーランド様」
「そういえば、あまり男爵様とは呼ばないんだな」
「今でも伯爵家相当であると自負しています」
「まあ、俺もそう思っているよ」
「でしょう」
バルーヤ伯爵家の評判は今、うなぎのぼりであった。
もちろん、それを裏で動かしてるのはバーランド男爵家で、昔から付き合いのある貴族はみな、それを知ってるので男爵に落ちたと笑うものは、鼻つまみ者であった。
「儲かりましたね」
「ああ」
「何に使いましょうか。まさか貯金などとは言いませんよね」
「もちろん」
「では?」
「孤児院だ。国内全国の地方都市、それから主要国の王都、くまなく孤児院を経営する」
「孤児院の経営ですか?」
「そうだ」
「経営と言われましても、貴族の寄付でやってる貧乏な孤児院ばかりですが」
「孤児院の改革をする」
「といいますと」
「戦略はこうだ――」
孤児院の設立だ。
今まで小麦の提供を通じて、孤児院とも親しくしているので、ひそかに経営ノウハウなどは専用の係の者に学ばせてある。
これをきっかけに、本格的に孤児院の経営に参入する。
ただし既存の孤児院にかかわるのではなく、いずれも新設する。
すべての孤児院は居ぬき物件を活用する。
借家で家主が変わるのは異世界でもよくある話だ。
しかし「居ぬき」はほとんど使われていない。
最低限の改修で、設置コストを圧縮するのだ。
それに建物を建てるよりすぐにできる。
狙い目は老人が数人で経営している、廃墟同然の教会だ。
マンフェス教は世界宗教だが、最近信仰心が低下しつつある。
一時は熱狂的な信者ばかりだったが、だいぶ形骸化しつつあるのだ。
教会は町にいくつもあり、町の中心部の教会は派手に信者を集めているが、ひとたび裏通りにある小さな教会では閑古鳥が鳴くようになって久しい。
教会を買収など前代未聞だ。
しかし対外的には教会がスポンサーを得て孤児院を始めるという形をとるのだ。
もちろん元々の老人信者たちには引き続き施設を使う権利を有する。
まず小麦は毎年提供する。
遠くの場合は現地調達するが、近場は自分の倉庫から出す。
それから教師を配置する。勉強をさせるのだ。
さらに軽作業をさせる。
仕事を貰ってきて、孤児院の中で作業をさせる。
大人が管理をして、子供たちには働いてもらう。
この世界では家内制手工業といって、基本的に家単位で仕事をしている。
パン屋はパン屋一家がやっているし、服屋は服屋一家が仕立てから何まで全部やっている。
孤児院では外からの仕事の下請けをする。
それも数が出るような仕事だ。
大勢でたくさんの安い仕事を集中して受ける。
一つ一つは安くても、かなりの金額になるだろう。
そして教育だ。
勉強させた子は上の学校へ行かせる。
軽作業で仕事の経験があり、さらに学問ができる。
そういう子を領主館や王宮で、仕官させる。
いわゆる文官だな。
「文官、ふむ」
「もちろん孤児院では剣も並行してやらせる」
「なるほど」
「剣の才能があるなら、騎士だな。勉強も戦闘もできないと騎士にはなれんし」
「そうですね」
騎士には事務仕事などもあって、ただ腕っぷしがいいだけの馬鹿は冒険者どまりなのが相場だ。
しかし順風満帆とはいかない。
「数が多いですから」
「そうだな」
「赤字か赤字ギリギリですね。下請けはあまり儲かっていないようで」
「らしいな。もう少し受け入れ人数を増やして仕事も増やすか」
「できますが、先行投資に費用が掛かります」
「まあそれくらいは、必要経費だろう」
「了解しました」
うちの家はふだん商売をしているわけではない。
男爵になったものの、小さな領地は伯爵家だったときの土地をそのまま受け継いでいた。
だから領地経営はある。税収もあるが、多くはない。
そして孤児院の数が多い。
全国の地方都市すべてに設置したからだ。
人を送るのにも物を送るのにも、指示書ひとつでも費用がかさむ。
さらに外国の主要国まで手を出したので、けっこう面倒ではあった。
数年前の小麦の大放出で莫大な利益が出ていたが、それも底をつきそうだ。
小麦はあれから比較的安定している。
あれ以来、うちの倉庫には定期的に小麦の買い付けをしているので、その負担金もあった。
似たようなことは国王もはじめており、うちを見習っているらしい。
凶作で高値で売り飛ばせば、利益が出るが、他人の不幸を願うのは、悪い奴の考えることだ。
「ふぅ、なんとかやっていますが、ここ数年が正念場です」
「そうか。領地経営もままならんな」
「そうですね。設備更新とかも必要ですし、最近、軍備もかかります」
「そうだな」
小麦の凶作から十年。
俺が三十歳になったころ。
「これでバーランド家は終わりか」
「そうですね。私もだいぶ年を取りました」
先代のころから務めている老執事が目を細める。
「世話になったな」
「はい、旦那様。今まで、ありがとうございました」
バーランド家は孤児院の経営に大金を使ったせいで、貧乏になり、破綻してしまったのだ。
「旦那様!」
「なんだ?」
若い執事見習いが執務室に飛び込んできた。
「国王陛下から、手紙です」
「どうした」
「バーランド家当主を、宰相に任命する、とあります」
「私を宰相にか?」
「はい」
手紙を読む。
バーランドの孤児院出身の子供たちは、ご飯をモリモリ食べてそしてそのありがたみをよく理解した。
みな、熱心に勉強したのだ。
その中で頭角を現した子たちが、地方の領主館から王宮まで、仕官するようになっていた。
ここまでは読みの通りだ。
彼らは密かにバーランド派を名乗り、かなりの勢力になっていたのだ。
孤児同士協力関係にある子も多いという。
王立騎士団にもバーランド派の子が何人もいるという。
地方から王宮まで、そして外国のそれぞれの王宮、政府にもバーランド派の子は在籍している。
彼らはお互いネットワークを組み、その組織力は世界を動かす可能性があるほどになっているという。
当のバーランド男爵家は貧乏貴族をやっており、それどころではなかったのだ。
また孤児院の子たちの就職先のそのネットワークみたいな先の先まで把握、掌握していなかったことが大きかった。
いずれにせよ、彼らは「バーランド派」を名乗り、バーランド男爵を慕っている。
そんな本家のバーランド家が、貧困の上、つぶれるなんてことになるのは、おかしいと。
ついに国王にまで声が届き、宰相への大抜擢となる、そうだ。
「私が宰相ですか」
「みたいですね。孤児院の子、みんな出世してるようで」
「そのようだな。ついでにバーランド家は功績により侯爵だそうだ」
「やりましたね」
「ああ」
制服を着て、王宮へと上がる。
次王宮へ行くときは、バーランド家が破産し、男爵位を返上するときだと思っていた。
それが、一転して、宰相の任命式となるとは、思ってもみないことだった。
「バーランド前へ」
「はっ」
「バーランド男爵はこれよりバーランド侯爵とする。さらに、宰相に任命する。よく励むように」
「謹んで、お受けいたします」
「よい」
主要な貴族が横へ整列している。
その中のひとり、バルーヤ伯爵がウィンクしてくる。
確かに狸おやじではなく、俺よりちょっと上くらいだろうか。
「胸に青いバラの造花をつけている者がいるだろう」
見てみると、ちゃっかりバルーヤ伯爵も青いバラだ。
貴族席とは反対側の文官席のうち、二割程度だろうか。
数でいうと十人くらいか。
「彼らは自称、バーランド派だ。よろしく頼む」
「はっ」
これを多いと見るか少ないと見るかは不明だが、名乗り出て表明している人だけでも、これだけの人数がバーランド派だということらしい。
宰相か。
責任は重大だな。
俺は気を引き締めて、最敬礼をした。




