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7、封鎖された町と、見えざる感染菌

アステリアの町は、外から見ればごく普通の地方都市に見えた。

石造りの門、整った街道、春の湿気をはらんだ森の香り。

だが──近づくほどに空気が変わっていく。


「……胞子、濃いな」


ドン子が肩の上でつぶやいた。

その声には、いつもの飄々とした調子がなかった。


「空気中の菌密度が異常じゃ。これは……何かが中で起きておる」


町の門は閉ざされていた。

入り口には警戒中の衛兵が立ち、通行証を確認している。


「関係者以外、立入制限中です。現在この町では──」

「ギルドからの派遣です。菌の鑑定と調査に来ました」


俺は紹介状を提示する。

衛兵が怪訝な顔をしながらも、手続きを進め、門がゆっくりと開いた。


「お気をつけて。……中は、少しおかしいです」


その言葉の意味は、すぐに理解できた。



町の中には、音がなかった。


いや、正確には、人の音が消えていた。

店の軒先は閉じられ、通りには人影もなく、風の音と靴音だけが響く。


「……なにこれ、町全体が息してない……?」

「菌が、息しておる。人の代わりに、な」


診療所はすぐに見つかった。

案内された医師は、青ざめた顔で状況を説明してくれた。


「最初はただの風邪だったんです。微熱、だるさ、咳……よくあるやつです」

「で、今は?」

「幻覚、発熱、皮膚の変質。ひどい場合は、植物と融合するような症状まで」

「融合……?」


医師は奥の隔離室を指さした。

窓越しに見えたのは、ベッドに横たわる中年の男。

その体の一部から──まるで根のような突起が生えていた。


「魔法も、薬も、祈祷も効かない。もう、どうしたらいいかわからないんです」


ドン子が眉をひそめる。


『これは……自然な感染ではないな。誰かが“意図的に”撒いた可能性が高い』


そのときだった。扉が開く音がして、誰かが入ってきた。


「あなたが、菌の調査者?」


声の主は少女だった。

銀髪をきっちりまとめた、清潔感あふれるローブ姿。

鋭い目つきと、わずかに香る消毒薬の匂い。


──この人か。精霊師見習い、シエナ。


「……ちょっと距離を取って。空気に菌が混ざってるでしょ」

「まあ、確かに」

「あなた、菌使いって聞いたけど……私、菌アレルギーなの。冗談抜きで体調崩すから、ほんと近寄らないで」


ドン子がぷるぷる震えながら浮かび上がる。


『こ、こやつ……除菌しすぎて、菌の気配すら弾いておる!?』

「精霊ってあなたの……?」

「はい。私のは空気系。あなたの……なに? キノコ?」

『ドン子。誇り高き菌の精霊である』

「うわ、喋った」


バチバチだ。相性が最悪すぎる。


「ま、仕事はします。精霊たちに空間情報は探らせてますけど──」


シエナの顔が曇る。


「……この町にいる精霊たち、みんな“何かに触れたくない”って怯えてる」

「つまり、“何か”が精霊にも菌にも恐怖を与えてるってことか」



調査のため、俺は町の空き家のひとつに入った。

部屋の空気は澱み、かすかな発酵臭が混じっている。


【菌鑑定士】スキル発動。


──見えた。空気中に、糸のような菌が漂っている。

通常の菌糸より長く、太く、うねっている。


「これ、空気感染……?」


視線を追っていくと、床の板のすき間から菌糸が伸びていた。

奥へ。下へ。まるで根が家を這っているように。


「……こいつ、広がってる。感染じゃない。これは“拡張”だ」


ドン子の声が硬くなる。


『これは……ただの病ではない。菌が、生きた人間を足がかりに、町を“支配”しようとしておる』


シエナが、俺の背中越しに問う。


「あなた、これ……本当に止められるの?」

「……さあ、どうだろうなぁ。でも──菌が起こしたことなら、菌で止める」


俺は手を地面に置いた。


菌は、語ってくる。

怯えながらも、助けを求めるように。

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