6、ギルド評価と、菌鑑定士への依頼
腐敗の森から戻った俺たちは、ギルドの入り口に立った瞬間、視線の波を浴びた。
「……あれが、あの菌の……」
「腐敗の森の調査、生きて戻ったってマジだったんだ」
「やば、全身胞子の匂いするって……!」
ざわつきの中心に、自分がいるのがはっきりわかる。
「お前、ちょっとは気にしろよ……堂々と菌の鍋抱えて帰ってくるやつ、初めて見たわ」
隣のラッドが呆れていたが、俺は気にしない。
菌がいれば、それでいい。
「ルーカス・キノコ・なんとかってやつ、こっちだ」
「……どっからそんな名前出てきた?」
「え、違った?」
「全然違う」
*
ギルドのカウンターに到着すると、いつもの青年──ツッコミ担当の受付が、微妙に姿勢を正していた。
「……依頼、完了か?」
「完了。腐敗菌は鎮静済み。調査結果もある」
報告書とともに、小瓶に入ったサンプル菌を提出する。
青年の眉がぴくりと動いた。
「ギルドマスターが通せって言ってた。珍しいな、直接面談」
*
ギルド奥の執務室に通されると、重厚な机の奥に座っていたのは、黒髪の女だった。
白いジャケット。端正な顔立ち。細い目がこちらを見据えてくる。
「君が……菌の鑑定士、ルーカス君ね」
ギルドマスター。名はエリシア。
口調は落ち着いていたが、その目に浮かぶ光は明らかに“好奇心”だった。
「君の噂、かなり広がってるよ。腐敗の森を無力化? 菌で? 正気?」
「正気です。菌は大体、嘘つかないんで」
ラッドが後ろで吹き出すのが聞こえた。
エリシアは書類を指で弾いた。
「この報告書、正直信じがたい。菌のバランスでモンスター化を解除、暴走源の抑制、さらに菌の意思確認まで……」
「でも、結果は出ました」
そう返すと、エリシアはふっと笑った。
「──気に入った。ちょっと変わってて、ちょっと怖い。だが、現実に“使える”なら、無視はできない」
彼女は新しい依頼書を差し出してきた。
「これは少し機密性の高い案件よ。町の東部にある“アステリア”という集落。そこに今、謎の病が広がっている」
「……病?」
「神官も薬師も原因不明だと匙を投げた。症状は、発熱、幻覚、皮膚の変質。菌性疾患の可能性がある、って医師の一人が言い出してね」
ドン子がぴくりと反応する。
『発熱と幻覚……胞子吸引型の症状じゃ。自然発生とは思えん。誰かが撒いた可能性もある』
俺はエリシアを見た。
「菌で調べろってことですか」
「可能なら、原因の特定。もっと言えば……封じ込め。
医療班の派遣も予定してるけど、先遣として君に動いてほしい」
「いいですよ」
「……即答?」
「菌で病が止められるなら、やらない理由がない」
エリシアはニヤリと笑った。
「……気に入ったわ。支援として、調査補佐を一人付ける。現地で合流して」
そう言って、補佐担当の名前が書かれた紹介状を渡してきた。
──精霊師見習い。名前は、シエナ。
ドン子がすぐに浮かび上がる。
『なんと、精霊師!わらわと波長が合うかもしれぬのう!』
「合うといいけどな……」
菌で病を止める。
それができれば、きっと世界は、少しだけ菌を見直す。
世界よ、菌の実力を知る時が来たぞ。