2、異端の菌使い、疑われる
少女を救ったあと、村は一瞬だけ静かになった。
でも──それは、ほんの一瞬だった。
「な、なんだ今の……」
「あり得ない……あれ、本当にキノコで治したのか……?」
最初にざわついたのは、さっきまで少女の回復に涙していたはずの村人たちだった。
一人が恐る恐る言った。
「見えない“菌”とか言ってたよな……あの男……」
そこからは早かった。
目の色が変わったように、周囲の空気が一気に硬くなる。
「菌って、毒のもとじゃ……?」
「いや、あれは……まさか、魔術か?」
「黒魔術……」
「もしかして……悪魔?」
おいおい、俺、さっきまで“救世主”扱いじゃなかったか?
黒魔術とか御法度なことを堂々と披露するバカはきっといない。
とは思ったけど──まあ、想定内だ。
“菌”の力が誤解されるのは、前世でも今世でも変わらない。
俺は静かに立ち上がって、使い終わった鍋を拭いた。
「誤解だとしても、それが菌の宿命ってことか……」
「言い訳は無用です」
ピシャリと声が飛ぶ。
振り返ると、さっきの神父が真っすぐに俺を見ていた。
白い法衣に金の刺繍。年季の入った杖。
この村の教会をまとめている、いわば信仰のトップらしい。
「この地では“癒し”は神の御業とされています。それを“菌”なるもので真似るのは、異端であり、冒涜に等しい」
「……人を助けるのに、神様の許可っているんすか」
ちょっとだけ刺すように言ったら、周囲が息を呑んだ。
やば、今のは余計だったか?
神父はため息をひとつだけついた。
「君の技は……恐ろしいほど精緻で、理にかなっている。だが、あれは人の力ではない。見えぬものと語り、触れ、命を変える。──それは“異なる力”だ」
──見えぬもの。
確かに、俺には見えてる。感じてる。菌の声が。
それが“異なる力”と呼ばれるなら──
「異なるなら、それでいい。菌が俺を認めてくれるなら、それで充分だ」
そのときだった。
「この者、村には置けません」
教会の付き人らしい若い女司祭がそう宣言した。
彼女の目は冷たい。理由を問うまでもなかった。
結局、話は“村からの追放”という形で決着した。
「ただし、“追放”というときついな……」
間に立った村長らしき老人が、やや申し訳なさそうに口を挟んできた。
「この村は小さい。教会との関係もある。君が悪いとは思わないが……すまん」
「気にしないっす。菌がいれば、どこでも生きていけるんで」
それは俺の本音だった。
菌は裏切らない。どんな地でも、何かしら存在している。
人間と違って、言葉にしなくてもわかってくれる。
俺が村を離れようとしたとき、あの少女が駆け寄ってきた。
「……また、来てくれる?」
「もちろん。元気になったら、次は一緒にキノコ採りしよう」
少女が笑った。あの笑顔ひとつで、救われた気がした。
*
村を出て、しばらく歩いた森の道。
少し陽が傾いてきた頃、後ろから誰かが声をかけてきた。
「おーい、そこの菌っぽい兄ちゃん!」
振り返ると、木陰から出てきたのは軽装の青年。
腰にはナイフ。肩には荷物。見た感じ、旅慣れた冒険者だ。
「村の噂で聞いたぜ。“キノコで少女の命を救った、菌を操る変人”ってな」
「いや、まあ……否定はしない」
「俺、ギルドのスカウトなんだ。よかったら登録してみないか?」
俺は一度だけ森を見渡した。
土。草。木。胞子。
この世界の菌たちが、風に乗って揺れている。
「……じゃあ、試しに登録してみるか。あ、スキル名は【菌鑑定士】な」
「……なにそれ」
青年の顔がぽかんとした。
また、笑われる……かもしれない。
──でもいい。
「菌は、俺の価値をちゃんとわかってくれるから」