表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/11

9、シエナの選択。そして、菌の痕跡

「……あれ、夢の中で……誰かが話しかけてくれた気がしたんだよ」


患者の男が、まだぼんやりとした表情で呟く。


「苦しくて、でもあったかくて……なんか、土みたいな匂いがしてさ……」


医師はぽかんとしていた。

それもそのはずだ。この治療に魔法は使っていない。薬もない。ただ──


「菌、ですか?」


俺は頷いた。


「菌は、人の内側にあるから。だから話せるんです」


誰も言葉を返さなかった。

代わりに、部屋の空気がふわっと緩んだ。

“信じていいかもしれない”──そんな空気。


町の封鎖は、午後には解除が始まった。

ギルド支部が正式に報告書を提出し、回復した患者の証言が信ぴょう性を裏付けた。


町の子どもたちが、門の近くでこちらに向かって手を振っている。


「せんせー!ありがとー!」


……まあ、先生ではないけど、否定する理由もなかった。


「……英雄扱いされる菌使いなんて、見たことないんだけど」


シエナが隣でぼそっと漏らす。


「俺も初めてだよ」

「……ふーん」


それだけ言って、シエナは背を向けた。

しばらく無言の時間が続いたあと、小さな声が聞こえた。


「……ありがと」


俺が反応する前に、ドン子が肩の上で爆発した。


『聞いたか!?ついに礼を言ったぞこのツンツンが!!』

「やめてドン子、逃げるって!」

『やめぬ!これは祝いじゃ!宴を開こうぞぉぉ!!』

「やかましい!静菌にしてやる!」


シエナが手を振り下ろし、ドン子が物理的に叩き落とされた。

だが──笑っていた。ほんの少しだけ。


俺はその様子を見ながら、町の外れへと足を向けた。



おかしい菌がいたのは、封鎖された納屋だった。


半壊しかけた木の扉を開けた瞬間、

鼻の奥に、ざらりとした刺激が走る。


「ここだ。……暴れてる」


【菌鑑定士】を発動し、菌の流れを視る。

床下に、強い“記憶痕”が残っている。


視線を追うと、棚の裏側に隠された小さな金属箱があった。

開けると、数本の試験管と、乾燥された胞子が丁寧に保管されていた。


「……人工培養?」


この世界では、菌の培養技術はほぼ存在しない。

自然由来の収集が基本だ。なのに──これは、明らかに“選別されてる”。


「菌の構造が……現代の分類法に近い」


その中の一本を見た瞬間、思わず息を呑んだ。


「……これは……まさか」


ドン子がのぞき込む。


『なんじゃ?知っておるのか?』

「知ってる。“黒霧”系統の胞子。俺が……前世で、最後に失敗した品種だ」


それは、菌床からわずか数日で全ロットが腐敗して全滅した“幻の椎茸”系。

幻覚作用を持ち、再培養ができず、データも破棄したはずだった。


なのに、ここにある。


「おかしい……この菌、俺と──あの研究所しか知らないはずなのに」


手が震えた。

誰かが、自分の過去に触れている。


「前世の記憶を……共有してるやつが、いる……?」



ギルド支部に戻ると、報酬とともに新たな通達があった。


「あなたには今後、“菌関連調査専門調査員”としての継続任務をお願いしたい、と本部が──」

「いいよ。菌が困ってるなら、助けにいく」


ドン子がふふんと浮かびながら、ルンルンで回転している。


「ほれみろ!菌の時代じゃ!わらわの時代じゃー!」

「調子に乗るなって」


シエナが横からつぶやく。


「……次の任務、私も同行する。理由は聞かないで」

「期待してないけど、歓迎するよ」

「くっ……まさかの正妻枠争い……!」

「違うわ!」


三人の声が重なる中、俺はふと、小瓶に目を落とした。


あの“黒霧の影”は、もう俺だけの記憶じゃない。

どこかに──同じ知識を持ち、菌を操る“誰か”がいる。


「次は……そっちと向き合うことになりそうだな」


風が吹く。

胞子が舞う。


そして、物語は次の菌を目指す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ