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プロローグ
人はパンのみにて生くるにあらず。故に、俺は椎茸だけで生きてきた。
湿度計を握りしめながら、俺は今日も原木を叩く。音で中の菌糸の伸び具合が分かる。
素人にはただの木だ。でも俺には分かる。この原木の中には、夢が詰まってる。
今年こそ──幻の椎茸『黒霧』を育て上げる。
そして今、俺はその黒霧の自生地に、ついに足を踏み入れた。
湿った空気。朽ちた倒木。苔と落ち葉の下に広がる、天然の菌床。
見たこともない真っ黒な傘が、静かにそこに生えていた。
「……いた……いた……いたぁぁぁああああ!!!!!」
俺は崩れ落ちた。感動で。喜びで。人生すべてが報われた気がした。
「美しい……これが黒霧……これが俺の人生の……」
その時。
足元が、崩れた。
そして次の瞬間、視界がぐるりと回転した。
空。樹々。落ち葉。黒霧椎茸。遠ざかる。
「……まだ、食べてない……」
ガサガサと身体が岩に擦れる音と、風の唸りが混じる。
頭が痛い。肺が苦しい。
最後に思ったのは、
(俺の椎茸……まだ完成してないんだよな……)
それが、俺の人生の最後の言葉だった。