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チア部の彼女とアンダースコート

作者:

 「フレーッ!フレーッ!正高まさたか先輩っ!」


 朝のグラウンドに響き渡る黄色い声援。

 チアリーディング部が練習の一環いっかんとして野球部の朝練を応援している。

 高校に入学して一年がたち、すでに見慣れた光景こうけいだ。


 「お、あの子可愛いな。あっ、白いパンツが見えたぞ!てか、パンモロじゃん!」


 クラスメイトの秋山の声でグラウンドへ視線を向けると、白い半袖はんそでに青のミニスカートを着たツインテールのチア部の子が両足を交互に上げているところだった。

 

 「あれはアンダースコートって言って、パンツの上からはくものだよ。知らなかったのか?」


 「も、も、もちろん知ってたさ。当たり前だろう。僕はそのアンダー……スコットのことを言っていたんだ」


 「スコートな」


 登校中の男子はチア部のダンスに釘付けになっている。

 秋山のようにいやらしい顔をかべて見ているもの、ちらちらとこっそり横目でみるもの。

 そして、そんな男子達を気持ち悪がる女子達。

 そんないつもの光景が今日も広がっていた。

 とはいえ、分からなくもない。

 太ももの大部分を露出ろしゅつさせ、下着とほぼ変わらない形状けいじょうのアンダースコートを見せびらかす姿は男子高校生にとっては刺激しげきが強すぎるのだろう。

 

 「てか、照木てるき。お前やけに詳しいじゃねえか。さてやチアフェチだな?家ではこっそりそういう系のものあさってるんだろ。このむっつり野郎」


 「中学の時に後輩の女子から教えてもらったんだよ」


 「後輩の女子……だと?そんなの都市伝説じゃなかったのか。まさか、今年この高校に入学した一年生です。なんて落ちじゃないだろうな」


 意外とするどい点をつかれて苦笑いを浮かべた。


 「ははは、そのまさかだよ。ちなみに、お前が見てたツインテールの子がそうだよ」


 「え?あの、正高を応援していた?」


 「ああ、その子だ」


 彼女の名前は江本来美えもとらいみ。中学の頃、お互い図書委員に所属しておりそこで仲良くなった。

 中学でもチア部をやっており、下着丸見えで恥ずかしくないのかと聞いたとき大声で笑われたのを今でも思い出して恥ずかしくなる。


 「あー……なるほどなぁ」


 急に何かをさとったような顔で肩を叩かれる。

 

 「ん?なんだよ」


 「いやさ、ほら、見てみろよ。今も正高の名前を呼びながら無垢むくな笑顔で汗をらして懸命けんめいに応援してるだろ?後輩の女子を同じクラスメイトの野球部に取られるなんて同情するよ」


 「彼女はただチア部の練習をしているだけだろ?何を言ってるんだ」


 「分かってないな。ギャルゲ歴六年目の僕から言わせてもらえば、あれは本命だよ」


 なんの自慢にもならない歴を得意気に明かす。

 ギャルゲっていうのはあれか、恋愛ゲームのことだろう。

 それはボケなのだろうか……。

 それとも本気で誇りに思っており、からかうと怒り出すやつだろうか……。

 どう反応すればいいか迷っていると、神妙な顔でうなずかれ、二度ほど背中を優しく叩かれた。

 

 昼休憩の時間。

 俺は購買で買ったメロンパンをかじりながら教室の窓際の席でスマホをいじっていると正高が前の席に足を組んで座った。


 「なあ、秋山から聞いたぜ。お前、今年入ってきた一年のチア部のツインテールの子と知り合いらしいな」


 「ああ、それがどうかしたか?」


 「一応クラスメイトだしな、言っておこうと思ってさ」


 もったいぶるように、正高は天井を見上げしばらく沈黙ちんもくする。


 「何が言いたいんだ?」


 「まぁまぁ、焦る気持ちも分かるよ。だって、なぁ……。あんな可愛い後輩が別の男のことを笑顔を振りまいて応援してるんだからな。程よく筋肉がついた白くて綺麗な太ももに男を誘惑するようにれる大きな胸。逆の立場だったらと考えると、毎晩、まくららすぐらいくやしいだろうさ」


 話を聞く限り、来美のことを話しているということは伝わってきた。

 だが、正高の言っている意味がよくわからない。

 チア部の活動を精力的に取り組む姿を見て、なんで俺が悔しくなるのだろうか。


 「お前が話してるのは来美のことだろ?なんでそれで俺が焦ったり悔しがったりするんだ?」


 「落ち着けよ。てか、あの子来美って名前なのか。彼女にぴったりな素敵な名前じゃないか」

 

 「名前も知らなかったのか。それで、俺に何を言いに来たんだ?」


 そう言うと、まじめな顔つきになり俺の顔を真っすぐみつめて、


 「今日の放課後。来美ちゃんに告白する」


 「そうか、頑張ってな」


 「反応薄いなぁ。後で後悔しても知らないぜ?」


 「なにを後悔するんだ?」


 「はぁ……。あのなぁ付き合った男女がすることなんて一つしかないだろ。お前が勉強机に座って必死に問題を解いている中、俺は来美ちゃんとチュパチュパハメハメしてんだぜ?」


 何を妄想しているのか、いやらしい顔を浮かべて体をくねらせている。

 

 「人の恋愛には口を出すもんじゃないしな。まぁ、頑張れ」


 何を期待していたのか、俺の反応を見てため息をつき離れていった。

 

 放課後、帰りの準備をしていると来美からスマホにメッセージが届いていた。


 『今日部活休みだから一緒に帰ろう!野球部の先輩から校舎裏に呼び出されたから、そこで照木先輩のこと待ってるね』


 呼び出したのは正高だろう。

 すでに教室にはいなくなっている。

 俺は適当にスタンプを返してから教室を出た。


 校舎裏につくと正高と来美が向かい合って立っているのが見えた。

 お互いに制服姿だ。

 二人に気づかれないように距離を取り、近くの壁に寄り掛かる。

 告白の邪魔するのは野暮だからな。

 

 「来美ちゃん!今日は伝えたいことがあって呼んだ」


 男らしく野太く大きな声だ。

 それに対して来美は少し驚いたように後ろに下がる。

 一瞬だが俺と目があった気がする。


 「あっ、ごめん。ちょっと大声出しすぎた」


 「うん、急に名前で呼ばれてびっくりしただけ……。それで伝えたいことって何ですか?」


 「えーとだな、それは……」


 緊張しているのか、口ごもる正高。

 しばらく二人の間に沈黙が落ちた。

 来美はどこか気まずそうにツインテールを指で弄っている。

 遠くからではっきりとは見えないけれど、どことなく顔も赤い気がする。

 

 「い、い、いつも練習中に応援してくれてありがとう!あのチアのユニめっちゃ似合ってて野球部の間で可愛い子がいるって話題になってるほどだ」


 「わぁ~!それは嬉しいな。ありがとうございます正高先輩っ!」


 かかとを上げて小さくジャンプして喜びを表現している。

 野球部がボールを投げるのが上手いとめられれば嬉しいのと同様に、チア部も可愛いと褒められれば嬉しいに違いない。

 

 「……正高先輩?あまり胸ばかり見られると恥ずかしいんですけど……」


 「えっ!あっ!すまん!わざとじゃないんだ!」


 俺からは正高の背中しか見えないが、ジャンプした拍子ひょうしに揺れた胸を凝視ぎょうししていたようだ。

 

 「まぁいいですけど。話ってそれだけですか……?」


 「いやっ、こっからが本題で……。お、お、俺とっ!付き合ってください!」


 正高は頭を下げて右腕を差し出す。


 「えっ!えっと……」


 困惑したように来美は右腕を胸に置いて俺のほうへと視線を投げかけてきた。

 やはり、気づかれていたようだ。

 それに対して苦笑いを浮かべて手を振る。

 俺が口を出す問題ではない。

 

 「ごめんなさい!正高先輩とは付き合えません!」


 ツインテールを揺らしながら同じく頭を下げた。


 「そ、そんなっ!いつも、一生懸命俺を応援してくれてたじゃん」


 「だって、それがチアの活動だから……」


 「足を上げてパンツを見せてきたのも、胸を揺らしながらおどっていたのも、俺が好きなんじゃなくて、ただチア部として活動していただけって言うのか……?」


 「う、うん……ごめんなさい。あと、あれはパンツじゃないです」


 「そ、そんな……」


 正高は地面にひざと手をつき四つんいの状態になった。


 「……てことは、普段スカートの中にはいているのはパンツじゃなかったのか」


 「そうですけど……。え?なんで知ってるんですか?」


 「あっ、いや……」


 「うわ……最低ですね」


 来美は一歩後ろに下がり、虫を見るかのような冷たい視線で正高を見下ろす。

 終わったな。

 俺は壁から背中を離して来美の横まで歩いた。


 「よっ、じゃあ帰るか」


 「はいっ!照木先輩っ!」


 先ほどの表情から一転して満面の笑みを浮かべて俺の手を取った。

 

 「照木がなぜここに……。てか、お前らどういう関係なんだよ」


 正高が顔を上げた瞬間、強い風が吹き来美のスカートがふわっとめくれる。

 

 「きゃっ」


 間一髪のところで俺は彼女のスカートを手でおさえることに成功した。


 「あ、ありがとう。もう少しで正高先輩にパンツを見られるところだった……」


 「お前たち……もしかして、付き合ってるのか?」


 正高は露骨ろこつに顔を横へ倒して、残念そうにしている。


 「ああ、悪いな。隠してたわけじゃないけど、わざわざ言うことじゃないと思ってな」


 「そうだ、正高先輩に盗撮疑惑があることについてチア部で共有しておきますから」


 「ま、ま、待ってくれ」


 その言葉を聞き顔ざめた表情をし、四つん這いの姿勢のまま右腕を伸ばし来美の足をつかもうとしたが、見事にかわされていた。


 「じゃっ、行きましょ!照木先輩っ!」


 「またな、正高」


 そういって二人背を向けて校門へと歩き出した。


 「そうだ、先輩の家に着いたら、特別に私のはいてるパンツ見せてあげてもいいよ」


 「別に俺は頼んでないぞ」


 「えーっ、せっかく可愛いのはいてきたのに」


 「あ、言い忘れてた」


 俺は後ろを振り返り、その場で固まっている正高に言った。


 「テストも近いし勉強したほうがいいぜ。俺は来美とチュパチュパハメハメするけどな」


 「きゃっ!何されるのか楽しみっ!」


 涙を流している正高に今度こそ背を向けて校門の外へと二人並んで歩き出した。

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