第三章 Ⅷ
夜。強めの雨音を聞きながら、自宅代わりの月極宿屋その一室でベルチェは一人、作り付けの机に向かっていた。室内には他に作り付けのベッドと箪笥、小さなテーブルと数脚の椅子があるばかり。水が必要なら、裏手の共同井戸から汲んでくるのだ(魔術師ならば自力で作り出す事も可能だが)。豊富な地下水脈はナーダの一大水源となっている。と、それはともかく。月極宿屋は賃貸と違い毎月末に翌月分を支払う事で延長してゆく手軽さで、当然普通の宿より割安になる(補償金を含めても)。あちこち動き回り、収入も不安定な人には需要が高いのだ。ただし、宿屋なので家具等は持ち込めない。ベルチェはそこに長くお世話になっていた。いま机の上には、三十センチ四方程の正方形の木製ボードがあった。その四隅とそれらの中間、つまり八ヶ所には小さめの、そして中央には一際大き目の、それぞれ魔導石が嵌め込まれている。強く白色に光る八つの魔導石と中央のそれとの間には、同様に淡く光るラインが引かれ、中央の魔導石には鼎状の器具が被せられている。その上には、ダンジョンから持ち帰った三つの魔導石、そのうちの一つが置かれていた。三本の隠し通路で、両端に同様の扉があったとすれば魔導石は六つだが、片側を確認するだけで時間的にも精一杯だったのだ。と、それはともかく。ベルチェは八つの魔導石のうち一つに軽く触れた。その魔導石、更にそれと中央を繋ぐラインが一際強く輝き、中央の魔導石は上方へ向け光を放つ。その光は直上の魔導石をスキャンする様に何度か伸縮し。しかし間もなく赤色に変わると消えた。ベルチェの唇から、何気に艶っぽい溜息が漏れた。
「ふぅ。書き込みも無理か」
魔導石から手を放し、じっと鼎の上の魔導石を見詰める。目の前のそれは、少なくとも彼女にとっては未知の技術で製作されたものだった。机上の魔道具は魔導石の術式を消去、また読み書きする為のものだが、市販されているものに彼女独自の改造が施してあった。
「……誰が作った?魔術師協会に未加入の魔術師?それとも……」
魔導石に対する術式の読み書き、消去等の技術は確立されており、彼女自身が活用している。しかし一方で、まだまだ発展の余地はあるとも言われているのだ。そもそも神代魔術は未だ完全に解明されている、などとは誰にも言えない。あるいは、と、彼女の脳裏に一人の、小柄で無表情な女性の姿が思い浮かんだ。
「……託すしか、ない?」
そう口にして、再び彼女は魔導石を見詰めたのだった。




