第三章 ⅦーⅢ
ホール内に空間が出現した。フェスとジーノを中心として、エリーナ達、そして他の職員達が円形に周囲を取り囲む。二人は数メートル離れ対峙した。
「こちらはあくまで受けなので、そちらから来て下さい」
先に、フェスはそう前置きしておく。ジーノは小馬鹿にした様な顔で一つ頷いた。何を言い出すかと思えば。負けた時の言い訳にでもしたいのか?
「それでは。ウラルクさんとルーティ君の模擬戦を開始します。用意、始め!」
「待って!」
開始を宣言したアランを、叫ぶやフェスは右手で制止した。殴り掛かろうと動き出したジーノがつんのめる。
「ちょっと待って下さい。これは試合なのですから、まずは一礼しませんか?」
アランとジーノを見比べながら提案してくる。暫し呆気にとられていた二人だったが。
「承知しました。では二人とも向き直って、礼!」
アランの号令に従いフェスは礼をした、が。不敵な笑みを浮かべ、ジーノは無視を決め込み殴り掛かって行った。殺し合いを想定した護身術なんだろ?戦場で礼をするのか!?そんな彼が微かな溜息を耳にした、と思った次の瞬間には右腕を掴まれ、彼は転がされていた。手を離されたため背中を強か床に打ち付ける。毛足が長めの絨毯を敷き詰めてあるとしても、碌に衝撃を吸収してはくれない。思わず呻き声が漏れ、目を閉じてしまう。そして数瞬が過ぎ。
「判りましたか?」
何の感情も籠っていないその声に目を開くと、左目の前にフェスの右手があった。ただし正拳ではなく、拳槌の様な形で。ジーノはギョッ、とした。
「もし私が短剣を手にしていたなら、貴方は左目と脳を貫かれ、即死していたでしょう」
無表情なフェスの、どこまでも静かな口調。淡々として、それが逆に恐ろしさを際立たせていた。ジーノは直感した。ああ、この男は何の感情も抱かずに人を殺せるのだ。
「それが、この格闘術の終着点です。迅速かつ確実に敵を絶命させる。判りましたか?」
再びの問いに、ジーノはただかくかくと頷くしかなかった。すると笑顔を取り戻したフェスはジーノの右手を取った。信じ難い程の膂力で立たされる。
「さて、今皆さんが目撃した様な技能を、短い期間ではありますが共に学んで行きましょう」
周囲に向かってそう声を掛けるフェスを、ジーノはただぼんやりと眺めていた。殴り掛かってからここまでに何が起きたのか、その頭の中で整理しようとして、今一つ思い出せずにいたのだった。




