第三章 ⅦーⅠ
メティス商会本店の正面玄関が閉じられてから、運輸部門の職員十名余りが八階の多目的ホールに集合、整列していた。その前方には、エリーナ、アラン、そしてフェスの姿があった。一本だけ設置されたスタンドマイク(形状こそマイクだが、風系列の音声増幅の魔道具が仕込まれているスピーカーも兼ねている。拡声器と言いうべきか)の前に立ったアランが、一つ咳払いののち話し始めた。
「さて。今ここにいるのは、護身術の講習を行う、という新たな試みに志願してくれた運輸部門の職員達という事になる。まずはその事に感謝する。諸君らの中には、日々業務の中で身の危険を感じる様な経験をした者もいるだろう。本講習の目的は、あくまでそういった状況に遭遇した場合に一時の難を逃れる手段を学び、そういった状況下で冷静さを維持する事となっている。では、会頭」
振り返り、その立ち位置をエリーナに明け渡す。彼女は一通り職員達を見渡し、口を開いた。
「二週間近く前、北方の街道で隊商が盗賊の襲撃を受けたのは皆承知の事でしょう。その際、私はこれから紹介するウラルクさんと知己を得る事が出来ました。諸条件を考慮した結果、私は本講習を彼に任せるのが最適と判断し彼の快諾を得てこうしてお越し頂いた次第です。今後商会が発展する為には、この付近より治安の面で憂慮すべき地方、地域への伸長も必要となって来る事でしょう。護衛に全て任せるのではなく己の身は己で守る、そういった心構えを培って下さい」
長口舌を終え、振り返ると今度はフェスに場を譲る。フェスはゆっくりと歩き、エリーナ達に一礼するとマイクの前で一呼吸置き口を開いた。
「只今紹介に与りましたウラルクです。私は、甲家無心流という流派の格闘術を修練してきました。流派の名前については覚えて下さらなくて結構。さて、これから皆さんに教示する前に、一つお話しておく事があります。それは、元来この格闘術は、目の前の敵を迅速、確実に絶命させる事を目的としている、という事です」
職員達の間にざわめきが起こる。それはそうだろうな、とフェスは内心思った。
「静粛に」
アランがマイクを通しそう求めると、職員達は静まった。
「……宜しいですか?といって、私は別に皆さんに人の命を奪う為の手段を教える訳ではありません。皆さんに求められているのは、先程話にもありました様にあくまで一時の危機を脱する事です。そこから先は、護衛達の仕事なのですから。ただ。本来ならその部分まで含まれる、という事を、ほんの少しだけ心に留めておいて下さい。自分の身体、生命を守る為に他者の生命を奪わなければならない、そういう場面で本領を発揮する格闘術なのだ、という事を」
口を閉じたフェスは、眼前の職員達を見回した。その面には、様々な表情が見て取れた。怪訝そうであったり、真剣そうであったり、あるいは引いていたり、またあるいは半笑いであったり。
「?私は何か、面白い事を言いましたか?」
半笑いの男性職員に視線を合わせる。挑む様な視線が返って来た。
「いや、虚仮脅しだか勿体付けだか知りませんが、たいそう吹っ掛けて来るな、と思ったもので」
笑みが嘲笑を帯びる。なるほど、威勢のいいのがいるな、とフェスは少し嬉しくなった。なぜなら業務終了後、職務上やむを得ずここにいる、といった者達ばかりだと半ば申し訳なく思っていたからだった。




