第三章 Ⅴ
夜、フェスはなかなか寝付けなかった。メティス商会からの依頼について考えていたのだ。自分に、人を指導する資格があるのか?父亡き後、相も変わらず地図片手にあちらこちらで鍛錬に汗を流してはいた。あるいは、あと十年生きていられたなら、甲家無心流継承者、指導者としての自信は幾分なりとも持ち合わせ得たかもしれない。自分に子がいたなら、継承を期待していたのかも。しかし、その前に自分は下らない、全く恥ずべき死を迎えてしまったのだ。妹が継承するかは不透明で、成らなければやはり甲家無心流は断絶してしまう、という事になるだろう。そう思うと胸を掻き毟りたくなる。後悔先に立たず、とは言うが、やはり己の未熟さ、浅はかさが恨めしい。がしかし。幾ら過去の自分を呪おうとも先には進めない、とも思う。自分はこの世界に転生した。新たにやり直すチャンスを得たのだ。過去を取り戻せないなら、こちらで出来る事を考え、実行してゆくしかない。ならば……彼の心は決まった。途端、耐え難い眠気が襲ってきたのだった。
朝。メティス商会本店が開店して間もなく、フェスは姿を現した。昨日と同様に一階で女性職員を捕まえ名を告げようとする前に、職員は委細承知、とばかりに彼の案内を始めた。途中、アランの部署に立ち寄り合流、会議室へと三人は向かった。
「その、受けて頂ける気には」
おずおず、とアランは歩きながら訊ねた。もし断られたなら、また新たな指導者を探さねばならないのだ。それは頭の痛い問題だった。
「ははは、それは会頭と一緒に」
はぐらかす様に、笑顔でフェスは返答した。それはそうなのだが、とアランは口を閉じた。やがて会頭室の前で三人は立ち止った。数度、職員が扉をノックする。
「会頭、ウラルク様がお見えになりました」
直ぐに「入って」という短い返答があり、職員が脇へ退きつつ扉を開ける。左手で促されるままフェス、アランと入室すると、扉は静かに閉じられた。
「来てくれたわね。早速返答を聞かせてくれるかしら?」
応接セットへ移動しながら、探る様な視線を投げ掛けてくる。三人は昨日の位置を占めた。
「それで、どうなの?」
「単刀直入に言いますと、お引き受けします。ただし、二週間と少々の期間で良ければ、ですが」
「あら、嬉しいわ。ところで、期限を設けるのはどうして?何か用事があるの?」
小首を傾げる様に訊ねてくるエリーナに。
「実は、少しここを離れようと思っています」
「えっ、どういう事?どこへ行くの?」
笑顔で話すフェスに対し、エリーナの表情が不安に揺れる。
「実は。つい先日知り合いになった魔術師がいまして。魔術について興味を持った事を伝えますと、マリッツォのアンジェリコ魔術学院に恩師がいるので紹介頂ける事になりました。手筈を調えるのに二週間少々かかる、との事なのでその間で良ければ、という事です。昨日も少々話しましたが、魔術に関しての見識や技術等を多少でも得られれば、と」
「……その、知り合いになった魔術師って女性?」
実に楽しそうに話すフェスに対し、少し拗ねた様にエリーナ。フェスは不思議そうな表情をした。
「はい?そうですが、何か問題でも?」
「いいえ、何でも。良かったですね」
「はい、幸運でしたね。今から魔術学院に入学するのはさすがに難しいでしょうし」
再び笑顔になるフェスに、エリーナはもやもやした様な表情になる。
「会頭」
話が先に進まないと、アランが口を挟んだ。
「判っているわよ。引き受けてくれるなら、明日から頼めないかしら?何か要望はある?」
アランを横目で睨みながらエリーナ。とんだとばっちりだ、とアランは内心嘆いた。
「そうですね。まずは本業優先、という事で良いでしょうか?結構遅くなってしまうかもしれませんが」
「それで構わないわ。では、具体的な待遇面とか詰めて行きましょうか」
きりっ、としたメティス商会会頭の表情でエリーナは言った。




