第三章 ⅢーⅡ
エリーナとアラン、フェスは相対して応接セットに収まった。一つ咳払いするとアランは話し始めた。
「本日はご足労頂き有難う御座います。さて、用件に関しては会頭から聞いていますか?」
フェスは一つ頷いた。
「はい。私の格闘術を、職員達に手解きして欲しい、という事で宜しいですね?」
「その通りです。先日の通り、特に商品搬送に従事する職員達は、時として人や魔獣を問わず襲撃を受ける危険に晒されています。もっとも盗賊が出没する様な事は、この近辺では非常に珍しいのですが。ここイスタリコ王国は、全体としては治安の良好な方でしょう。それでも地域によってやはり格差はあります。商品を支店と遣り取りするなど、他の地域と往来する事もありまして、護衛を雇う事は常態化していますが、それでも不充分な事態も考えられます。その様な時、職員達が最低限自衛出来るならば、護衛の負担も幾分軽減可能かと考えています」
長広舌を終え、アランは一息つく。フェスはニコやかに何度も頷いた。
「なるほど、主旨は判りました。うまくすれば、護衛を減らせるかも知れませんね」
意図を見透かされ、アランは少し頬を赤らめた。
「職員の身の安全を考えて、というのは本当なのよ。場合によっては充分な護衛を雇えるとも限らないわ。お金の問題ではなくね。それでも治安を憂慮すべき地域を通過したり、商品を届ける場合もある。商品はともかく、職員達に死傷者が出れば、商会としては大損失なのよ。そういった点を汲んで欲しいわ」
後を継いだエリーナの口も良く回った。
「それは判ります。私としても、貴女方の事情に疑義はないのですが」
そこで口を閉じてしまう。
「何、報酬の事?希望があるの?」
平静な表情でエリーナは訊ねた。フェスは小さく首を振る。
「いえ。まず、私で良いのでしょうか?」
「どういう事かしら?」
エリーナは怪訝げな表情になった。フェスだからこそ頼んでいるのだが。彼は一つ、溜息をついた。
「……未熟な私より、もっと適切な人がいるのでは?」
「未熟、ですか?」
意味不明、とばかりにアランが訊ねる。エリーナも同様の心境だった。あれほど圧倒的な力を見せつけておいて、未熟?それは謙遜を超えてむしろ嫌味にすら聞こえてくる。しかしフェスは真剣な表情で頷いた。
「私は、この世界で万能職として生き抜くにはまだまだ不充分だと思っています。例えば。私は『黄の猟犬団』とダンジョンに潜りましたが、魔術というものの威力をまざまざと目の当たりにしました。私にはまだ実力が不足していると痛感しました」
「それは、魔術師とパーティーを組めば良いのでは?」
アランが当然の指摘をすると、エリーナも首肯した。この話を断る口実か、と二人はほぼ同時に考えた。フェスは小さく首を振った。
「私が必要としているのは、考えられる限りあらゆる状況を生き抜ける能力です。もちろん完全に取得可能かは判りませんが、少なくとも目指さなければ近付く事は出来ないでしょう。この道程に、他人を付き合わせるのは気が引けるのです。だから、可能な限り一人で身軽にいたいと思っています」
フェスの話は気宇壮大な様に、二人には思えた。それで一生を終えてしまうつもりだろうか?しかし、と次の瞬間には案外可能なのではないか、とも思えてくる。そう思わせる何かがある。少なくとも、発言内容は本気なのだろう、と。
「まぁ、目指しているものは理解しました。随分と、険しい道を征く覚悟がおありの様ですね。ただ、その道中に、邪魔にならない程度で、僅かなりとご協力頂けないでしょうか?」
アランは上体を乗り出し、フェスを見詰めた。フェスは暫し黙考したのち。
「……明朝、こちらに窺って返答する、というのはいかがでしょうか?」
「そうね。ゆっくり考えて、返答を頂戴。これだけは忘れないで。私達は貴方の力を必要としている、という事は」
エリーナも上体を乗り出す。フェスは少し、身を引いた。
「判りました。用件は以上ですか?」
「今のところはね。良い返事を期待しているわ」
三人は立ち上がった。
「それでは、これで」
一礼し、フェスは部屋を後にしたのだった。




