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第三章 ⅢーⅠ

 アランは少々憂鬱だった。商会職員の護身術修得に関するエリーナの提案は、フェスに指導を仰ぐというものだった。それを受け入れざるを得なかった彼は、万能職ギルドに商会へ顔を出すよう言伝を託した訳だったが。アランは彼についてよく知らない。いや、それはエリーナも同等だ。彼女が言っていた通り、安上がりになるかは現状不明だった。あるいはその点では問題なかったとして、彼の指導内容も気になった。あの技能はどれほどの努力で修得可能なのか?市井の訓練施設ならば、通った者の技量等も含めある程度評価は把握出来ている。しかし、彼の場合は前例が皆無、と言って良いのだ。アランも監督者として訓練に参加する様に、と会頭から指示されていた。余り運動能力に自信のない彼は、内心戦々恐々としていたのだ。そうしてアランが事務室で頭を抱えていると。

「統括者、来客です」

総務部の職員が部屋の外から声を掛けてきた。

「誰?待たせているの?」

そちらへ向き直り訊ねると。

「ウラルクさんです。会頭の執務室にお通ししてあります」

「そう……」

何とも複雑な表情をする。待ち人来れり、ではあるのだが……。

「あの、会頭から至急に、と」

動き出そうとしないアランに、戸惑う様子の職員。彼は一つ、溜息をついた。

「判った。すぐに行く」

観念した様に、彼は重い腰を上げたのだった。

 自動昇降機を使用せず、アランは数階分を上がった。それがまるで無言の抗議ででもあるかの様に。目的の階に到着し廊下を歩き始めると、不意に何か、転倒する様な音が聴こえてきた。それは丁度執務室辺りからに思えた。何事か、と彼の面に緊張が走った。

「会頭!?」

アランは走り出した。何か異常事態が突発したのか?もしや、ウラルク氏が良からぬことを!?

「会頭、大丈夫ですか!?」

呼ばわりつつ扉を開く。と、目の端にその光景があった。床に倒れている、いつもの乗馬服姿のエリーナの上に、背を向け覆い被さる様にしているフェスの姿が。それを認識した途端、彼の脳は熱暴走を始めた。まさかあの男が会頭に襲い掛かった?それとも、こんな所で愛の営みを(自分を呼びつけておいて!?)?そんな思考が頭の中で無限ループを始め、固まってしまう。すると。

「あら、ようやく来たわね」

そう、エリーナが掛けてくる声に我に返る。見返してみれば、立ち上がったフェスの手を借り、エリーナも立ち上がり掛けていた。

「どうかしたの、そんなところで立ち尽くして?何かあったの?」

立ち上がったエリーナは、いつもと変わらなかった。着衣に乱れもなく、ただ少し乱れた髪を手で梳きつつ浮かべる微笑が少々妖艶に見えて、アランは小さく首を振った。

「?どうしたの?」

「あー、いえ。大きな物音がした様なので。その、何か問題でも、と」

無意識に伏し目がちにそう言い訳する。合点がいった様に、エリーナは頷いた。

「ああ。ちょっと貴方が来るまで暇だったから、彼の格闘術について学んでいたのよ。この前は倒されたから、今度は対処しようと思ったんだけれど。また倒されたわ。その時の音ね」

「私の流派では、相手を転倒させる事は重要なのです。相手の動きを制約出来ますし重い防具等着けていれば、思う様に立ち上がれないでしょう。後は素手でも今の様に首を絞めるなり文字通り息の根を止められます」

「なるほどね。あくまで戦場を想定している訳ね」

そんな会話を楽しげにしている二人に、アランは少々もやもやしたものを感じた。二人に近付いて行く。

「遅れまして申し訳ありませんでした。早速要件に入りたいのですが」

少々言葉が刺々しくなっているのを、アランは意識していた。

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