第二章 ⅩⅡ
夕闇迫る中、自警団に属する一人の若者がその姿に気付いた。
「あ、あれではないですか?」
若者の指さす方へ、日焼けした頑強そうな中年男性は視線を向けた。彼は班長の一人であり、また自警団の取りまとめ役も行っている人物だった。他に数人、年齢層にばらつきのある男女がそれに倣う。この自警団は、ナーダ周辺の村や集落が主として人員や資金を出し合い運営しているもので、魔獣を含む害獣の駆除や周辺の巡回(街道の一部等もそれに含まれる)等を行っている。万能職ギルド等とも情報交換を行う。元兵士や元万能職といった経歴の持ち主も多く所属していた。
指の先には、彷徨う人影が小さくあった。エプロンドレス姿の女性の様だった。草叢の中を、今にも転倒しそうに頼りなげな足取りで、どこかへ向かっている。それは村の方向だった。
「アイリーナ?おーい、アイリーナ!」
班長が駆け寄りつつ声を掛ける。何度目かで、女性の足が止まった。三十台少し手前、といったところか。虚ろな視線を、一団に向けてくる。一見して怪我をしていたり、乱暴されたり、といった形跡はない。班長は正面から彼女を見下ろした。
「どうしたんだ、こんな時間まで?昼前には香草摘みから戻る、って言っていたんだろう?親父さんも娘さんも心配していたぞ!?」
近場で改めて傷付けられた形跡のないのを確認し問い掛けて来る班長に向けられている目は、しかし彼を認識しているのかどうかも怪しい感じだった。
「お、父、さん?娘……」
暫くその言葉を反芻していた女性の、見開かれた双眸から、滂沱の涙が溢れだしてきた。
「これは、また同じか」
年嵩の、日焼けして顎髭を生やした男性が溜息混じりに呟いた。その言葉に、一団は少し怯えた様な表情を浮かべた。実のところ、この様な事案は三件目だった。三日前、二人の男女がこの様な状態で発見されたのだ。二人は別々の村の者で、それぞれ一仕事を済ませ帰宅する、といった時刻に戻らなかった。それでも男性の方は元万能職で、おいそれと命を落とす様な事にはなるまい、と思われ、実際大分遅くなってではあるが帰宅した。しかし、この女性の様に心ここにあらず、といった風だった。女性の方は大いに心配され、今回の様に自警団が捜索し……。
「もう大丈夫、何も心配しなくていいから」
一団の紅一点、アイリーナより年上そうな女性が、そっと胸にその頭を掻き抱く。声も上げず、ただ落涙するのみの彼女に、今は何の言葉も無用だった。
「アイリーナも、あの二人の様になるのか?」
班長の漏らした一言に、皆の表情が暗くなる。結局先の二人は自宅に戻り、少しずつ元に戻りつつある。ただ、二人ともおかしくなった日の記憶がほぼないのだった。思い起こそうとすると、急に何かに怯えた様に暴れ出すのだった。それが、何が原因なのか誰にも判らないままなのだ。
「一体、何が起きてんだ?」
これらの事案が偶然の自然現象等である筈がない。姿の見えない悪意ある者の影を感じて、班長は寒気を覚えたのだった。




