第二章 ⅩⅠーⅣ
それ程までの距離ではなかったが、用心のため念入りに警戒をして進んだ為にそこへ辿り着くまで三十分近くが掛かった(結局戦闘はなかったが)。やがて、全体でこれまでの五割程広くなった通路に出た。地面は石が敷き詰められた様で固く、落とし穴の類は心配なさそうだった。フェスが確認したところ、周辺に魔獣の姿はなかった。
「大丈夫ですね」
フェスのその一言で、パミールは広い通路に進み出た。ロレンツ以下が続く。通路を右手へと進む。パミールは上を中心に確認してゆくが、罠の類は見当たらない。ただ、罠のあった痕跡だろう垂れ下がった短い縄が見えた。釣り天井を、何者かに使用したのだ。そしてその後再設置していないのだろう。その辺りから、左右の壁に土の抉れたり、石の角が砕けたり、といった痕跡がそこここに見られる。ダンジョン内で魔獣達が暴れたのだろうか?左手に見える横道を過ぎ、少し歩いたところで。
「ここだ」
ロレンツの一言で、一同は停止した。先は左へとカーブしている。
「丁度この辺で、リーチは私達が今来た方を向いて倒れていた。背中には刃物の痕跡があった。斬られて倒れた後だろう、後頭部にも殴られた跡があった。これが致命傷だった。少し戦闘が続いた後で、私達が小休止を取っている間、少し周辺を見てくると」
言葉が途切れる。仲間を一人にした無念がぶり返し、涙が流れそうになるのを堪えていた。
「……私達はあの向こうで、傷の手当てや体力、魔力の回復等をしていた。低い、悲鳴らしきものを耳にして駆け付けた時には、そういう状態だった。周囲には何者の姿もなかった。何者かの逃げる足音もない。私は音を増幅する魔術を使い、大声を放った。音を消す、また一定範囲以外に漏らさない、そういう魔術が存在する。しかし、こういった閉じた空間では、音の反響に不自然さを齎す。しかし、それはなかった。あるいは、彼の背後に突然『裂け目』が出現して、私達が駆け付ける前に消えた?判っている限り、そんな小規模な『裂け目』などない。溢れる程の魔獣が現れた筈」
「そんな不可解な状況で長居は出来なかったが、周囲を確認してみた。特に隠れられそうな場所はなかった。俺達はリーチの死体を担いでここを後にせざるを得なかったんだ」
ベルチェ、フェリッポと、証言が続く。
「私達の仲間は、姿なき敵に殺された。悲鳴を耳にしてから、周囲を警戒しつつここに駆け付けるまで二、三分だったと思う。犯人はゴブリンだろう。あるいは、彼にも油断があったかも知れないが、ただのゴブリンとは思えない。特異種が誕生したのか、あるいはここに何か仕掛けがあるのか。納得がゆくまで調査したいのだ。すまないが、ウラルク君は周辺の警戒を引き続き頼む。残りは」
音がして、ロレンツは口を閉じた。横道の方からだった。咄嗟にフェスが地図上に指を滑らせる。
「!狼です、十体以上!」
「ブラインドウルフ!」
思わず大きくなってしまったロレンツの声に反応したのか、音は忙しなく、こちらへ接近して来るのが判った。ロレンツは剣を、フェリッポは盾を構え前衛に出る。パミールは左腕の短剣を引き抜いた。ベルチェは鉄杖を右手から両手に持ち直した。魔術を使うのに必要な事なのか?と、フェスは思った。
「来ます!」
フェスが言わずとも、足音だけでそれは判った。横道を飛び出した四本足の魔獣は、襲い掛かって来た。全長は最大で1・五メートル程か、フェスの表現通り狼の様な形状だが体毛は全体に薄い。瞼は閉じており、それでもロレンツ達に正確に襲い掛かって来る。ロレンツは斬り払おうとするが、中空で体を捻り、躱すと着地した。フェリッポは大盾で押し返した。
「サンダーボルト」
フェスの前に立つベルチェが呟くや鉄状の宝石が一つ、緑色に輝いた。術式が展開され、ロレンツ達の前方、天井近くに帯電した球体が出現した、と見る間に稲妻が走った。魔獣が一頭、煙を上げ倒れる。フェスはあの大型の魔獣に効果のなかった魔術の真価を知った、と思った。と、背後に動く者の気配を感じ、振り返った。意識から外れ、右手の人差し指が地図の上を滑った。一瞬、ウィンドウの映像が消えた、と見るや直ぐに戻る。二本足の魔獣が、狭そうな空間に群がっている様が映し出された。驚いて地図をチラ見するが、指は何もない筈の場所を指していた。それは確かに問題だったが、より大きな問題があった。目の前に、その二本足の魔獣が迫っていたのだ。四、五体はいるだろうか。これがゴブリンだろう。全高は高くて一・二メートルほど、棍棒や短剣等で武装している。容姿は、ファンタジー物で描かれるのとはかなり異なる。尖った様な耳は頭頂部近くにあり、頬は袋状の物が少し垂れ、口は少し尖っている。前歯が目立ち、黒目がちの目が爛々と輝き、緑色の肌に体毛は僅か前腕や脛辺りにあるのみ。リスか何かのなれの果ての様に思えた、何とも気色が悪い(魔獣なので当然かもしれないが)。それが、武器を振り上げ襲って来るのだ、勘弁して欲しい、と思いつつ地図を脇に置き右手で腰の短剣を、順手で抜くや構えを取るフェスだった。




