第二章 ⅩⅠーⅢ
少なくともそこまで、フェスの仕事ぶりは完璧だった。その空間には彼が地図に書き込んだ通りの大量の真紅苔が壁にびっしりと生えていた。
「採取は打ち合わせ通り、ルーチィ君とウラルク君にお願いする」
ロレンツが言うや、三人は二つの穴の警戒に入った。直ぐに二人は準備に掛かる。パミールの背負っていた荷物からスコップ二本と、ハンカチ大の布切れ多数。防水布の袋、そして水筒を取り出す。フェスがスコップを手に取り、苔を丁寧に剥ぎ取ってゆく。パミールは、布を小さく畳むと水筒の口を押さえて少し湿らせてゆく。フェスからスコップを介して受け取った苔をその布で巾着袋の様にくるみ、袋に入れてゆく(直に手で触れると、体温で効能が弱まるらしい)。初めてとは思えないほど息の合った二人の作業は、十五分程で終了した。依頼された量より多少多めに採集していた。その余計な分はギルド推奨の素材屋に売却するのだ。その事自体は別に規則違反でも何でもない。ギルドは資源量の管理をしている訳ではないのだから。ただし取り過ぎて資源を枯渇させると困るのは万能職自身、と警告してはいるが。当然自分達だけ独占すれば他の万能職から顰蹙を買い、嫌がらせなど受けかねない。活動場所を変える羽目になるだろう。
「作業完了です」
防水袋を道具と共に荷物に仕舞い、パミールが報告する。フェスは、地図で空間に繋がる通路の安全を確認していた。
「そうか……ウラルク君、地図を」
フェスは、差し出されたロレンツの左手にそれを渡した。暫く通路を辿っていた彼の指が、ある地点で止まる。フェスの様な能力を持つ訳ではないが、万能職としての経験値で彼はその場所までのルートを指で描いたのだ。
「今回の仕事は、これで終わりなんだが……実は、付き合って貰いたい事があるんだ。良いかな?」
ロレンツの提案に、どちらからともなくパミールとフェスは視線を交わしていた。
「どの様な事でしょうか?」
フェスの問いに。
「うん。これから二十分程かかる場所に行って、確認したい事があるんだ。そこで一ヶ月以上も前、パーティーの斥候が魔獣に襲われ命を落としてね。それが、何か仕掛けとかあるとしかえない状況だった。それをまた調べてみたいんだ、二人の協力をもってね。どうだろうか?もちろん断ってくれても構わないが、私達にはダンジョン外まで送る時間的余裕はないから、自力で出て貰うしかないが」
それは、半ば以上脅しの様な言葉だった。しかし。仕事は終わったのだ、これ以上危険を冒さず来た道を引き返せば安全に戻れるだろう、とフェスは考えた。罠は全て判っているのだ。が、しかし。例え魔獣は固有技能で回避可能だとしても、もしロレンツの言う通り、ダンジョンに何等か未知の仕掛けがあるのだとすれば、帰りも楽に行けるとは限らない。共に行動した方が、まだ生き延びられる可能性は高いのだろう。
「判りました。引き続き案内しますので、道順の記入を」
筆記具を渡す。こうなれば、パミールもフェスの警戒なしに一人だけ戻るというのはリスクが高過ぎた。もちろん魔獣相手の戦いに心得はあった。彼は弓等の飛び道具が主で、今は手甲として金属製の鞘に片腕四本ずつの、細身の投擲用短剣を装着している。ゴブリンに致命傷を与えるには充分だが、もっと防御力の高い相手では、もしいたならば厳しいだろう。
「……判りました。同行します」
ここは同意するしかない、とパミールは判断したのだ。
「そうか。では二人とも、引き続き頼む」
地図と筆記具を返し、ロレンツは二人と握手した。地図を覗き込んだパミールは、道順を素早く頭に入れ一つ頷いた。
「では、行こう」
ロレンツの一言で、来た時同様パミールを先頭に、一行は入って来たのとは別の、二つ目の通路へと向かった。




