プロローグ Ⅳ
二発目の銃声が聴こえた時には、パトカーは廃工場の前に到着していた。まだ五時前だが日は大きく傾いている。日中には夏日になる事もあるが、日が翳れば羽織る物の欲しい季節だった。横手の狭い路地には何台かのバイクや原付が目立たぬ様に停めてある。その数からして中には二桁近い人数がいるものと推測できた。その路地を通り、裏に回る。裏口の扉には鍵は掛かっていなかった。二人は頷きあい、拳銃を抜いた。ゆっくりと、静かに開くとそこは小さな事務所で、今は何もない。周囲を窺うが、人の気配はない。物音をたてぬよう、銃口を上に向けつつ身体を滑り込ませる。薄い間仕切りに設けられた窓からは、工場内の様子が朧に見て取れた。床に倒れている多数の人影、その一つの横に座り込む一人。そして、その数メートル手前で佇む男女。それが決して微笑ましい場面でない事は、聞こえてくる二人の会話や、男の肩越しに見て取れる回転式拳銃で自明だった。もはや一刻の猶予もないと二人は判断し、年長の警官が窓を乗り越えたのと三発目の銃声とは、ほぼ一緒だった。既に暗いのと、リーダーに集中していたのとで、清香は警官達に気付かなかった。だから、彼女には一連の逮捕劇が、まるでテレポート超能力者によるものの様に感じられ、呆気にとられたのだった。
篤の最期の時は、もはや眼前にまで迫っていた。呼吸は困難になってきている。重力が狂ったか、と思えるほど体が重たく感じられる。もはや間近で展開されている逮捕劇も、音量を絞ったテレビでも点いているのか、と思えるほどに遠い。警官の一人が玲奈と自分の様子を確認し、救急車を要請するといった内容の言葉を発している様だったが、もう間に合わないだろう事は自覚していた。自分はここで死ぬのだ、と、彼は改めて考えた。と、その時。
『ふむ、君が適切だろう』
耳元で、落ち着いた年配の男性が呟いた様な気がして、途端に彼の意識は急速に遠のいていったのだった。