第二章 Ⅳ―Ⅰ
万能職ギルドの場所は判っていた。馬車の中でアランが教えてくれたのだ。中央区画の外れ、五階建てのレンガ積みのシックな建物だった。五階あれば他の都市では目立つのかもしれないが、先に北区画を目にした者ならばさしたる感慨もあるまい。それがましてやフェスならば尚更だった。通りに面した壁に、高くギルドのエンブレムが掲げられている。一見して白地に円に十文字の島津家の家紋を思わせる図形を基調として、上から剣等を組み合わせたかの様だが、十文字の中心と四つの先端に円環があしらわれている。誰にも五聖星教会のシンボルと判る仕組みになっているのだ。四百年余り前に創設された万能職ギルドは、教会からの支援はあれども永続的な活動を可能とする為に、組織全体として経済的基盤を確立する必要があった。それには魔獣討伐依頼のみでは覚束ない。その為に、ギルドの所在地に密着した市内、市外の依頼も広く募る事になったのだ。万能職といえば荒事も多い、と思われがちだが、実際には市内での日雇い労働の様な依頼も多数斡旋している。登録者達はランク分けされ、各々の力量にあった依頼の斡旋を受け、その達成の結果約束された報酬を受け取る。ギルドは預かった報酬を支払うと同時に、入手された有価な情報等を蓄積しギルドの登録者達に還元してゆくのだ。フェスもまた、今まさにその還流の一部になろうとしていた。
万能職ギルドの一階は、ちょっとした高級ホテルのエントランスの様だった。床は黒光りする木材製で、全体的にブラウン系の落ち着いた色彩でまとめられている。扉を開いて真っ先に目に飛び込んでくるのは、十メートルほど向こう正面の壁に掲げられた『討伐依頼状況』と表題の付いた掲示板だった。その下には幾つも扉が並び、『教練場』や『学習室』等の案内板がある。左に目を転ずれば、長い受付カウンターがあり、その前で何人もの男女(多くは武装しているが、中には普段着姿の者も見受けられる)が、受付係と話している。右側には、木製のベンチやテーブルが整然と置かれ、やはり主に武装した男女があちらこちらと固まって会話を交わしている。その様に彼が室内を見回していると、カウンターの向こうから制服姿の女子職員がこちらへ歩いて来るのに気付いた。見れば左手に何か、スマホ大の札の束を持っている。胸の名札にはサマンサ、とあった。彼の右手近くで立ち止まった彼女は、無言のまま何か作業を開始した。そこで初めて気付いたのだが、そのまま彼の右手が届く程の位置に、彼女の持っていた札の入れてある書類入れの様な入れ物があり、その頭にこう記されたボードが付いている。
『御用の方は、この札を取ってお待ち下さい』
入れ物の半分程の深さにある、その木製の札には漆状の絵の具で『24』と書かれていた。入れ物の手前には、縦に切られた溝とそこを動くハンドルがあり、職員はハンドルを右手で上げると、左手の同じく番号の書かれた木札を、反対側のスロットから押し込んだ。入りきったところでハンドルを引き抜き、溝の一番下に押し込む。整理番号札を戻しに来たのだろう。問題がないか確認したあと頭を上げ、初めて彼女はフェスを見た。
「ようこそ万能職ギルド、ナーダ支部へ。上から札を取り、呼ばれるまでお待ち下さい」
会心の営業スマイルで、女子職員は言ったのだった。