第二章 ⅠーⅠ
夜よりなお深い闇。澱み、動く事のない空気から、何らかの閉塞空間であろう事は容易に予測がつくが、ひとたびそこに迷い込んだ者があったとして、その空間の全容を把握する事は困難だろう。しかし、その闇も音に対しては無力で、衣擦れや息遣い、足音等から何人かがその内に潜んでいる事を明らかにしていた。
暗闇に、不意に新たな『音』が加わった。
『少し遅れたか?』
石床を叩く足音が、移動しつつそう訊ねる。その言語は、フェス達が用いていたものとは違う。これを仮に一人目、としよう。
『我々も、先程来たばかりだ』
闇に沈む、新たなる者の声。これを二人目とする。
『そうか、招集した理由は判っているな?』
一人目の問いに答えたのは、二人目ではなく。
『襲撃計画の結果報告だろう?件の物は入手出来たのか?』
闇に籠る三人目の声が、そう問う。一人目の唸る様な声が上がった。
『ふむ……計画は失敗した。件の物の入手は叶わなかった』
闇の中で笑い声の様な音が低く聞こえてくる。
『だから、あの様な者達を使うべきではなかったのだ』
三人目の声には、皮肉な響きがあった。
『そうは言うが、貴様も今は目立たないよう行動するのが肝要と、同意した筈だ』
一人目の語気が、少々強まる。
『もう少し、ましな者どもに『暗示』を掛けられなかったのか?』
『人どもには、なかなか難しいのだ。あれでも実験した中ではかなり有効だった』
『人もどきどもには、かなりの成果があったがな』
三人目の口調は誇らしげだった。
『ふん。そちらの方はどうなのだ?あの洞窟でやっている実験、とやらは?』
『仕掛けを仕込んでまだ日も浅い。人もどきどもも、戦いが増えれば。あるいは変化が見えるやもな』
『見えると良いな、何か見えれば』
『……』
一人目の揶揄する口調に、三人目は何か言葉を探している様だった。沈黙が降りてくる。その静寂に、大きな溜息が聞こえる。
『……やはり、我々が直接動くべきなのだ。研究を加速させる為には』
『それはならん』
沈黙を守っていた二人目が、重苦しい口調で会話に割って入って来た。間を置かず、闇の中に溜息らしき音が起きた。一人目か三人目、あるいは両方のものだったか。それは、彼らの抱える焦燥とのジレンマが凝結されたものだった。