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第一章 ⅩⅠ

 エリーナは構えを取った突然の闖入者に、再び驚かされた。なんと、武装した相手に素手で戦いを挑むつもりの様なのだ。容姿といえば幼さの残るイケメンで、端的に言って彼女好みだった。体型も、背は少し高めだが中肉中背と見え、何か武術の類を身に着けているとは思えない。剣術のみならず、知識だけならば広い分野の戦闘術に造詣のある自信は持っていた。しかし闖入者の構えは記憶になかった。右手は拳を固め突き出し、右足も半歩、踏み出している。左手は、同じく拳を固め右腕の肘辺りに寄り添う様にしている、そんな構えなのだ。彼女と同様だったのだろう、盗賊達も暫し茫然のあと、嘲笑を漏らした。

「へっ、何だその不格好な構えはよぉ?お前さん、まさか俺達にそいつで戦いを挑もうってのか?」

鉄板で補強した皮鎧姿の、顔に縦の傷がある盗賊が、右手の片手剣を突き付けてくる(左手はバックラーという小型の盾の取っ手を握っている)。あるいはそれはフェスを怒らせる作戦だったのかもしれないが。

「口ばかり良く回って、来ないのですか?怖気づきましたか?」

笑顔のまま問う。逆に盗賊の頭に血が上る。嘲笑が作戦だったなら、これで台無しだ。

「てめぇ……はぁっ!」

一足飛びにフェスへと盗賊は打ちかかった。大上段に片手剣を構え、瞬く間に間合いに入るや振り下ろす。それを、一歩踏み出したフェスは盗賊の右腕を左上段受けで防御する、と見るや、掴んだ。

外見からは予想もつかない程の、痛いほどの強い力で。

「痛ぇ!」

離しやがれ、とばかりに左手の盾で盗賊は殴り掛かってきた。前進しつつその下を潜りフェスの右腕は中段外受けで攻撃をそらす。が、それだけに止まらない。同時に右足は前に出た盗賊の左足ふくらはぎ辺りを内側から引っ掛けていた。密着し右肘を盗賊の脇の下までもっていき、左腕は体幹を捻る事で盗賊の右腕を引く。更に左足を吊り上げると、自然盗賊はフェスの左側に仰向けに転倒した。しかし、そこで終わりではない。体幹の回転の勢いに重力の助けを借りた加速で、彼の右手は打撃に十分な速度と重さを得ていた。平拳が、盗賊の喉元を襲う。しかも人差し指と中指の間を開き、その隙間に盗賊の喉仏の下辺りがはまると、思い切り閉じる。気道を囲む軟骨が折れ、気道を潰した。ものの数分で、盗賊は酸欠状態に陥るだろう。フェスは片手剣を右手で取り上げた。良く磨き上げられていた。刃の減り具合からして、長年愛用してきたのか。一つ頷き逆手に持つと、即座に元の構えに戻った。

「てめぇ、何しやがった!?」

白目を剥き喉を掻く毟りだした仲間を見て、その背後に控えていた盗賊が怒鳴る。

「いえ、呼吸を出来なくしただけですが」

対峙するフェスは、こともなげに言ってのける。それが相手の怒りの火に油を注ぐ。

「このっ、野郎がぁぁぁぁぁ、ぶっ殺す!」

形相も凄まじく、弾かれた様に走り出す。腰だめに、長剣を両手で構え突き掛かってくる。学習したのか、これでは片手で捌く事は無理だろう。しかし、切っ先が届く数舜前、フェスは右足を引き九十度回転すると左側に盗賊を躱した。それに対応するべく足を止め、横薙ぎにしようとした盗賊だったが、全ては遅きに失した。体の泳ぐ盗賊の頚部に、フェスの右手の片手剣、その刃が当てられ、同時にフェスは右足で盗賊を蹴った。刃は頚部に食い込みつつ走り、その右頸動脈を切断する。血しぶきを上げつつ、盗賊は吹っ飛び街道に転がった。三人目は、右手に手斧、左手に短剣を装備していた。フェスの左手から、斧を大上段に振り上げ迫ってくる。斧を外しても、短剣を振り回せば体勢は立て直せる、といった考えからか。右手が振り下ろされる。フェスは今度は左足を引いて正対すると、間合いを詰め右腕を左上段で受け、また掴んだ。即座に盗賊は左手の短剣を繰り出してきた。しかし想定済みのフェスは、右手の片手剣で外側へ弾く、とほぼ同時にその手首へと切りつけた。

「ぐわっ!」

血が噴き出し短剣を取り落とす盗賊。とっさに首をガードしようとする。そんな彼の視界は目まぐるしく回転し、気付いた時には翳りゆく空で一杯になっていた。一人目と同様、また引き倒されたのだ。地面に強か背中を打ち付け、ガードが外れた。その隙が見逃される筈もなく。片手剣、その切っ先が喉に突き立てられた。そして、即座に片手剣を逆手に持ったまま、彼は元の構えに戻った。ここまで長々と説明してきたが、現実には全ては一分と掛からぬ間の出来事で、街道には三つの死体が転がっていた(いや、正確には、一人目はこの時点でまだ死体ではなかったが)。盗賊達、隊商の護衛や商会の職員、またエリーナ自身も、まるで魔術か何か(魔術が実在するこの世界にあっても、理解しがたい現象、事象をそう表現する事がある)、不可解なものを見せられた気分だった。とにかく、フェスの戦い方はコンパクトかつ迅速だったのだ。そのせいか、フェスは殆ど返り血を浴びていなかった。あるいは、それも考慮の上で構築された格闘術なのか。盗賊達の意識は、もはやフェスに釘付けとなっていた。本来ならば、闖入者に次々と襲い掛かるべきだろうが、全員が躊躇っていた。そこへ……。

「?」

不意に肩を叩かれた盗賊の一人は、間抜けにも振り返った。巨躯の、赤い顎鬚を蓄えた男性が、笑顔で話し掛けてくる。

「こっちは、まだ終わっちゃいねぇぞ!」

盗賊が気絶前に目にしたのは、迫りくる右手の拳だった。

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