第一章 ⅩーⅠ
時は一時間ほど遡る。見張り小屋へと戻ったフェスティノーは、LMから説明された通りベッドの下に用意された品々を取り出した。大き目のリュックが一つ、硬い革製のポシェットにこれも革製の空の水筒。リュックの中には、今身に着けている様な質素な上下と下着、果物ナイフ、ランタン、そして布の包み。解いてみると、保存食だろう固いパンと、こちらも固い干し肉が一食分。更には木製のカップと、折り畳まれた大き目の紙が。ポシェットを開けてみると巾着袋が一つ、入っていた。中には金貨と銀貨が数枚ずつ。これがどれほどの価値を持つのか訊ねようとし、思い止まった。どうせ、人生の中で自ら調査すべき事が云々、と言い出すだろうと想像出来たから。ともかく、旅立ちの初期装備としては十分なのだろう。最後に、折り畳まれた紙を展開してみる。
「ほう?」
それは地図だった。縮尺がどれほどかは判らないが、村周辺の地形や街道、市街等が簡素ながら描き込まれている。村周辺、というのが判るのは、ほぼ中央に位置する丸記号のところに、村名が記されているからなのだが。そこで疑問が湧き上がる。
『ライフモニタさん。この世界では、日本語が通用するのですか?』
そう問わずにはいられなかった。地図にはカタカナで『ヴェ=ラス=ナーダ』と記されていたのだ。
『回答。それは『言語変換(商用語)』というスキルです。この世界において共通言語とされる商用語の読み書き聞き取りを自動的に日本語変換するものです』
『スキル、ですか?そんなもの、習得した覚えはないですが』
『回答追加。貴方は覚醒前に自動的に習得しています』
その説明に、つまりこういう事か、とフェスティノーはある例を思い浮かべた。
『なるほど…工場出荷前にインストール済みの日本語変換機能、というところですか。さしずめ貴方がOS、というところですね?』
『否定。私はライフモニタです。LMとお呼び下さい』
冗談交じりだったが、即座に否定される。その役割については頑なな様だ。
『了解です。ではLM。スキルは他にもあるのですか?ああ、『暗視』がありましたか』
『説明。その前に前提となる事項があります。私は貴方の諸能力に関して、一歳児を一とした数値として管理しています。スキルもそれに並んでステータスリストを生成しています』
言うなり視界の中央に、文字の羅列されたウインドウが表示された。そこには上から、氏名、年齢、性別等の基本データ、身長、体重等の体格的データ、髪や皮膚、瞳の色等の身体的特徴のデータが並んでいた。更に、その下に一線を挟んで『基本パラメータ』とある。その下には、英語の略称と対になって三桁の数値が一覧となって示されている。正しくRPGのキャラクタステータス画面だな、と思った。自分はこの世界の一キャラクタとして、これから活動してゆく事になるのだろうか?この世界に元から存在する人々も、この様にして自分を把握しているのだろうか?
『この世界の住人達は、こんな風にして自分を把握しているのですか?』
『回答。これはあくまで私独自の機能です。そして、私の様なアシスト機能を備える人物は極めて希少です』
少し自慢げに言い、ピクトグラムが胸を張る。何とも愉快な奴で良かった、とフェスティノーは改めて思った。