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第一章 Ⅸ

 街道での戦闘は、二十分余りになろうとしていた。そこは、山脈側の小さな丘の端を削った高さ数メートル、長さ百メートル余りの断崖があり、数十名の盗賊達によって前方は丸太で塞がれ、断崖の上からは矢を射掛けられていた。先頭の荷馬車がそこに差し掛かった時、断崖の上から丸太(と言っても間伐材の様な、さしたる太さはないが)が投げ落とされ、停車するや近くの休憩小屋(一定程度の間隔で設置され、馬の水飲み場等が併設されている)から出てきた盗賊達の襲撃を許したのだ。護衛達は盾で矢を防ぎつつ防戦していたが、既に商会職員も含め数名が負傷していた。更には数的な不利もあり、善戦しつつも抵抗がもはや長続きしないだろう事は、隊商の誰もが意識せずにおられなかった。

「何でこんな所で!?」

自ら抜剣し盗賊と刃を交えているエリーナが、何度目かの疑問を吐き出す。もちろん盗賊がそれに答える筈はない。先程まで言葉を交わしていた男性は、馬車の中で固唾を飲んで成り行きを見守っていた。

「へっ、やるじゃねぇか。だがな!」

鎬を削る、使い古しのレザーアーマーを装着した髭面の男がニヤけ、舌なめずりしながら力押しで来る。先程から彼女を下から上まで舐める様に見ていた男だったが、きっとこの後のお楽しみに思いを馳せているのだろう。エリーナの表情が苦痛と焦燥に歪む。と。断崖の上から跳び下りた人影が、視界の片隅に小さく入り込んだ。それは五メートル余りも下の街道の上で一回、宙返りを決めるとすっ、と立ち上がり、跳馬の技を決めた体操選手の様にポーズをとった。その一部始終を目撃したエリーナは、奇異なものを感じながらも一瞬敵の援軍か、と暗澹たる思いに捉われたが。

「な、何だ?」

前の方からそんな盗賊達のざわめきが聞こえてきたのに、『?』で頭の中が一杯になる。相対していた髭面男も意識を持っていかれたのか、力が抜けた。その隙をついて跳び下がる。跳び下りたのは、男性だった。長袖の無地のシャツにデニム生地風のスラックス、というどこの村にでもいそうな出で立ちの男性は、こちらに向き直った。かなりの優男風のイケメンで、肉体の成熟度に比べ随分と若く見える。男性はフェスだった。微笑を浮かべつつ深呼吸を数度、ようやく口を開いた。

「皆さーん。こんな所で戦うなんて、通行人さんの迷惑になりますよー!すぐに剣を収めて通行を可能にして下さーい!」

敵も味方も呆気にとられる。何を言い出すかと思えば、この男は正気なのか?この状況を理解出来ていない?エリーナの混乱に比して、しかし盗賊達は直截的かつ切実な態度を示した。長身で、鍛えられた体躯を持つ、レザーアーマーにショートソード、バックラーという装備の頭目は、切り結んでいた護衛を左足で蹴り倒し、ズンズンと彼の方へと歩み出した。三メートル程の間を空け立ち止まり、フェスを見下ろす。彼女の位置からでは判らないが、近くにいる者達には二人の体格差は容易に比較出来た。フェスが低身長、という訳ではないのだが、頭目の方が頭半分ほど高い。体型にしても、ゆったり目の服装では戦闘の鍛錬を積んでいるか判然としない。

「てめぇ…崖の上から、跳び下りて来やがったな?」

唸る様に頭目が言った。だとすれば、崖上にいる仲間がこの闖入者に好き勝手させておく筈はないのだが。

「はい。ああ、弓矢を持った人々なら、気絶してもらっています。奇襲に成功したもので」

屈託なく言ってのけるフェス。

「何っ!」

頭目の歯ぎしりする音が、周囲の者達には聴こえてくる様だ。

「当然でしょう?上から射掛けられるのは勘弁願いたいですからね」

この短い遣り取りで、商会職員や護衛達はこの男性が少なくとも敵でないだろう事を確定出来た。頭目の、今にも食い殺さんばかりの形相は、しかし改めてフェスの全身を眺める事で邪悪な笑みに変わる。

「まぁ良い。てめぇみてぇな若造が、しゃしゃり出てきた事をあの世で後悔すりゃあいい。そんななりで、この戦場に乗り込んで来た事をな!」

「あの世、という概念があるんですねぇ、勉強になります。出来ればまだまだ行きたくはありませんねぇ」

微笑を崩さぬまま、そう答える。

「へっ、余裕こきやがって!もぅ遅えんだよ、ガキが!」

右手のショートソードを、フェスに真っ直ぐ突きつける。フェスの微笑が消えた。

「そんな事をされると、命の遣り取りになってしまいますよ?」

言いつつ、素手で構えを取るフェスだった。

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