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第一章 Ⅳ-Ⅲ

 男性は、振り向くと謝罪した。

『長々と話に付き合わせて済まなかったかな。もう少し、付き合ってもらおうか』

「何でしょうか?」

『ふむ。一つ確認なのだが…君は、自分を撃った者を、恨んではおらんのかな?』

その質問に即答は出来ない元篤だった。

「……そうですね。恐らく、全く恨んでいない、と言えば嘘になるのだと思います。ただ。私は、自分が命を落としたのは己の浅はかさが主因だと思っています。ああいう武器の存在を承知していながら、全くの考慮外で敵地に乗り込んでいったのですから。これは、そういう場で己を守る術を鍛錬してきた者にとって、文字通り致命傷でしょう。だから、半ば以上は自業自得なのです」

偽らざるところを素直に吐露する。もし次の生があったならば、決して同じ轍は踏むまい、と固く心に誓う。たとえ望まなくても、闘争が不可避というのならば。

『そうかね。よく判った』

男性は一つ、頷いた。

「たとえ困難であったとしても、可能な限り衝突を避け、上手に、心穏やかに暮らしてゆきたいものです」

『そうかね。そうなると良いな。君には元の世界での活動に鑑みた技能が付与される事になる。それを確認してから生き方を決めれば良い。当面必要な物も用意しよう。どの様な生き方をするか、それは自由だが、世界に刺激を与える為に招いたのだ、それ相応に人生を全うする事を期待しておる』

「ご期待に沿えるよう、全力を尽くします」

苦笑混じりに返答する。全く未知の世界でこれからやって行けるか、今は全く想像もつかないのだ。決して平穏ではない、というならそれ相応の対応策も身に付けなければならないのだろう。可能ならば、存在するという魔術に関しても。

『さて、良いかな?過去に関する話はここまでとする。ここからは、君のこれからについて腰を据えて語り合うとしよう』

男性が右手の指でパチン、とよく響く音を立てると、元篤の背後に椅子が現れた。少なくとも外見上は何の変哲もない、木製の肘掛け椅子だった。男性は右手で着席するよう示し、自らも黒檀製らしき、質素だが立派な椅子に腰かける。二人は正対した。

『少し触れた通り、儂の世界には魔術というものが存在する。他の文明階梯は、君のいた世界の中世程か。ただし、魔術の存在の為に、安易な比較は出来んがね。その魔術は日用的な分野から戦闘用の分野まで、神として信仰されている者達、まぁ、旧人類とでも呼ぶべきか、その時代から今日まで、進歩と途絶、復興を経て日々研究が進められておる。旧人類の遺産は色々とあるが、これも先に触れた通り魔獣もその一つなのだ。かつて一派閥が研究していた合成獣の暴走が発端となり、世界を汚染しよった。その影響が今日に至るまで残留しておる。結果的に、その者達を追放せざるを得なかった』

これからの話を、と言いながら随分と昔の話をしているな、と元篤はぼんやりと思った。

「その様な事が。それでは、もしかして今の人類種の人々もその方々が?」

『一部の者達に関してはな。大半を占める人類は旧人類から遥か昔に分化した者達の子孫だな。旧人類が去ってから世界中に広がっていたのだ。君もその一員として生きて貰う事になる。良いかな?』

「はい、結構です」

満足そうに男性は頷いた。

『それは重畳。それと繰り返すが、儂から何か指示や要求する事は現状特にない。必要ならば、対話の手段は確保しておこう。他に必要な世界の知識は、生活しながら得る事だな』

「そうですか。その方が手っ取り早いでしょうね」

『ふむ。済まないが、少し顔を突き出してはくれんか?』

男性が手招く様な仕草をする。それに促されるまま、元篤は前屈みとなった。男性も同様にして、二人の顔が数十センチ程にまで近付く。と、男性は息を強めに吐き出した。無臭の吐息が口や鼻から入るや、元篤は軽い眩暈を感じた。自分の中で、何かが決定的に変化してゆく、作り替えられてゆく様な、そんな感覚に不安を覚える。収まると、記憶を呼び起こしてみる。甲斐田 篤としての記憶は確かに存在した。自分の体を見回してみるが、特に変化した様子はない。

『心配はいらん。君は君のままだ。儂からのささやかな贈り物には、転生後すぐに気付くだろう。これで準備は整ったが、最後に何か、言いたい事はあるかな?』

「そうですね…では、一つだけ。新しい世界の住人となる前に、後悔を告白させて下さい」

元篤の表情が翳る。

『ふむ、良かろう。では、始めたまえ』

背凭れに上体を預けた男性に促されて、静かに口を開く。

「はい…貴方がご存じかは判りませんが、私は甲家無心流の最後の伝承者でした。私に子供がなければ、途絶してしまう筈でした。つまり…もはやそれは確定してしまった訳で、それが無念でならないのです」

『なるほど…いや、そうでもない様だがな。まぁ、それが無念というなら、新しい人生で伝承者を得れば良かろう?』

「それもそうですか…ただ、未熟な私がそれをやって良いものでしょうか?」

『それはいずれ考えるべき事じゃろう?さて、他には?』

「そうですね…とりあえず、これで充分でしょう」

『そうか。では、新しき人生に幸多からん事を』

言って、男性は右手の指を鳴らした。とたん、ふっ、と元篤の姿は掻き消えたのだった。



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