プロローグ Ⅰ
プロローグ
最初、彼は何かが背後で爆発したかと思ったが、ほぼ同時にそれが間違いである事を、背中から胸にかけ沸き起こった熱で悟った。それとどちらが先か、人間には知覚できないほど僅差で彼の耳に届いたのは銃声だったのだ。それがさして広くもない廃工場の建屋内に反響したのだった。
「ぐふぉ」
衝撃と熱に続いて激痛が襲ってきて、思わず呻き声をあげた。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「お兄ちゃん!!」
二人のうら若き女子大生があげる、驚愕や悲愴に彩られた声を聴きながら、声にならない声とともに彼は跪き、倒れた。背中から液体が染み出す様に広がってゆく様が、ありありと手に取る様だった。彼の周辺には、同様に倒れ伏す二桁に上ろうかという若い男性たち。彼と違うのは、みな脳を揺すられ気絶しているだけ、という点だろう。それは彼、甲斐田 篤と、その妹甲斐田 清香により成された戦果だった。もっとも、その大半は篤によるものだったが。兄妹は、もはや途絶しかけている四百年以上の歴史を持つ戦闘術の習得者だった。もっとも、妹の方は最近は遠ざかりがちではあったが。
「げう、げう」
むせかえり咳き込むと、口から血が飛び散る。最期の時が刻一刻と迫って来ている事が、誰に教えられずとも判った。
「お兄ちゃん、しっかり!」
傍らに膝をついた清香も、どうする事もできず、ただ声を掛けるばかり。もう一人の女子大生、名を中山 玲奈という清香の友人は、篤に土下座を始めた。額をコンクリートの床に擦り付けんばかりに。
「ごめんなさい、私のせいで!こんな、こんな」
語尾は涙に塗り潰される。やめてくれ。急速に意識の維持が難しくなってゆく中、篤は言葉を必死に紡いだ。
「やめ……さい、私は、自分の」
全ては自分の為にやった事だ、の一言すら発声が満足にできない。咳と共に再び血が口から噴き出す。きっかけは、確かに貴女の相談だったかもしれない。素行宜しからぬ輩達に纏わりつかれており、どうしたら良いか判らない、という。しかし、それを受けてここへのこのこと話し合いに赴きこの様となったのは、己の力を試してみたい、という欲求にうかうかと身を任せた軽薄さ、銃という飛び道具の存在を知りながら、全く想定していなかった己が未熟さの結果以外の何物でもないのだ。そう、自分は貴女から謝罪を受ける立場にはない。返す返すも恨めしいのは、己の不甲斐なさ、ただそれのみなのだ。
「へっ、馬鹿な野郎だ!拳で俺様をどうにかできるわきゃないだろうが!!」
再びの銃声。篤を背後から撃ったチームのリーダーが、天井へ向け放ったものだった。悲鳴をあげ床に蹲る玲奈に対し、清香はきっ、とリーダーを睨みつけた。皆が生き延びる為に、もはやこの場は自分一人でどうにかするしかない、そう覚悟を決め立ち上がる。