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山田と佐藤  作者: うんち
2章
19/23

19話 ホモ祭り-前

ー◆メスショタ視点◆ー






「……ん、佐藤さん」





 コミュ障の声が何処かから響いている。



 非常にうるさい。

 なんなんだよ。

 頭が重い、布団から出たくない。



 意識がはっきりしてくるにつれ、妙に音源が近い事がわかった。

 肩を揺さぶられている。

 いい加減にしろ殺すぞ。





「佐藤さん」


「うるせえ!」





 我慢の限界が来てガバッと顔を上げると、真正面にコミュ障の顔があった。

 珍しく表情を崩しており、非常に困った顔をしている。



 妙な違和感を感じて下に目を向けると、私はコミュ障に騎乗位ポジションで乗っかっていた。

 布団だと思って抱きついていたのは奴の身体だった。





「うおおっ!?」





 変な声を出しながら身体を退ける。

 焦ったせいでベッドから転げ落ち、ドスンと身体を床へ(したた)かに打ちつけられた。

 すごい痛い。





「大丈夫ですか」


「痛い……」





 コミュ障に手を差し出され、引っ張り上げられながらよろよろと立ち上がった。

 朝から一体なんなんだ。





「あの、昨日何があったか憶えていますか」





 いつものごとく、表情をほとんど無に戻したコミュ障がそう尋ねてくる。



 打ちつけた身体だけじゃなく、頭も酷く痛い。

 明らかに二日酔いだ。

 さっきの衝撃のせいで、お腹の中身がひっくり返って戻しそう。

 頭痛が痛くておなかが気持ち悪い。

 おまけに貧血気味で頭が回らない。

 朝から最悪の気分である。



 何があったって飲み会に行ったんだろ。

 それから……、それから……。





「なんだっけ……?」





 どうやってここに戻ったか記憶にない。



 また飲み過ぎで失敗したようだ。



 盛大に溜息を吐いて、もうどうしようもないので頭を切り替える事にする。

 とりあえずお茶でも飲もう。

 作業してるうちに思い出すかもしれない。





「山田、お茶でも飲もう。……その前に顔洗って歯磨きかな」





 言いながら、鞄から鍋と歯ブラシなどを取り出す。

 奴もそれに倣い始めた。






*★*






 チキンっぽい何かの詰め物が店員さんの手によって取り分けられ、取り皿が私の前にも並んだ。



 詰め物の中身はマッシュされた芋と、何かの挽肉だった。

 ほくほくと湯気を立て、肉の旨味をたっぷり吸っただろう芋が、否応もなくうまさを視覚的に主張してくる。

 香辛料もたっぷりと使われているようで、黒胡椒らしき粒々がちょこちょこと窺えた。

 これは見るからにうまい。



 卓上にはいつか見たようにワインと蒸留酒の瓶が並べられ、大皿にはソーセージと野菜の煮物。

 別の大皿に豚肉?とレンズ豆?の煮込み。

 レバーペーストらしきディップがカップに盛られ、籠には薄切りにされたバゲットがたっぷり乗っている。

 酢漬けされたピクルスや、ジャーキーらしき乾き物も用意されていた。

 軽いつまみもバッチリ揃っている。



 私はゴクリと唾を飲んだ。

 乾杯まだかなあ。






ー◆ー





 傭兵の2人に案内された店は、冒険者ギルドから程近くにある酒場だった。



 大通りに面しているという関係上、この酒場はなかなか立派な店構えである。

 入口から響いてくる賑わいで、店に入る前から客の入りの多さを感じさせた。

 この時点で期待も一入(ひとしお)だ。



 入口をくぐり店内へ目を向けると、中はファミレスくらいの広さがあった。

 照明がオイルランプの為、薄暗い中に暖色系の灯りがポツポツと散らばっていて、行った事ないけどキャバクラとか、そういう系の店みたいな妖しい雰囲気がある。



 客層は思ったよりも殺伐としていない。

 ギルドに居たようなチンピラ然とした人間はあまり見当たらず、どちらかと言うとブルーカラーのような雰囲気の人達が多い。



 手拭いを首に掛け汚れた服を着た男達が、豪快に酒を酌み交わしている。

 荒っぽいがチンピラとは明らかに趣きが違う。

 冒険者らしき客も居るが、なんというか普通に明るそうな人達である。

 煙草の匂いは軽くするが、冒険者ギルドに比べるとかなりマシだ。

 ギルドの酒場はホーリーランドで言うところの、八木とかカトーみたいな層の吹き溜まりである。

 つまりゴミ溜めだ。



 思うに、ギルドの酒場とは自然に棲み分けが為されているのではないか。

 この雰囲気の中に後ろ暗いチンピラが大手を振って(たむろ)するのは難しいだろう。






ー◆ー





 私の右手側にはコミュ障、対面にお犬様が座り、右斜めには傭兵隊副隊長ことおしゃべりクソ野郎が椅子の上に乗っかっている。

 真正面に座りたくないのでこの席に座った。

 コイツは話が長い上にねちっこい。

 コミュ障は空気を読んだ。



 ちなみにコミュ障は私服である。

 と言っても鎧や剣などの装備を外しただけだが。

 例によってフードを目深に被り、不審者としての姿勢を頑なに崩さない。

 人前で顔を晒すのが怖いのだろうが、余計に目立っている。



 店員さんが去って頃合いとなると、乾杯の挨拶と共に一斉に杯を傾けた。



 私が初っ端に頼んだのはエールビールである。

 ぶっちゃけキンキンに冷やして飲みたいのだが、昔ネットで見た情報によると作法から外れるらしいので、大人しくそのまま飲む事にした。

 冷暗室で保管しているのか、ややひんやりとしていて飲みやすい。

 うまい。



 ググった情報によると、ラガービールと違ってフルーティな香りと味わいをゆっくり楽しむものらしいが、貧相な舌のためかあまり違いがわからない。

 下品に氷ぶっ込んだ水割り頼めばよかったぜ。

 一杯目はグイッとイッキしたいのだ。



 まあこれはこれでうまい。

 塩気のあるジャーキーを咀嚼しつつ、バケットを1つ取って詰め物を切り分けていると、斜め向かいのクソ野郎が私に向けて口を開いた。





『ヤマダさんは狩人みたいな仕事をやってるんじゃないの?』





 おっと早速来やがった。






**★**






 ここに来る前、宿屋でコミュ障と話して、ある程度私達の設定は固めてある。



 ただコミュ障は、私の設定はかなり練っていた反面、自身の事はほとんど触れなかった。



 それで大丈夫かと突っ込んだのだが、奴いわくどのような印象を持たれているか予想できない為、アドリブで乗り切るしか無いという事だった。



 ただ簡単なルールは決めてある。



 ①なるべく嘘は言わず正直に話す。

 ②なるべく自分から情報を開示しない。

 ③可能な限り相手に便乗して情報を引き出す。

 ④不都合を感じるようなら、上記のルールは自己判断で無視してよい。



 クソ野郎がコミュ障に会話を振ってくれれば、私が下手に頭を使って慣れないライアーゲームをする必要もないのだが、私が会話を振られたケースも想定してコミュ障は策を練っていた。



 正直ここまで対策を練る必要あるのかだとか、そういう疑問が無い訳ではなかったが、コミュ障が結構真剣だった為、それに乗せられた形で現在に至る。






**★**






 さて、どう答えようか。



 パンに切り分けた詰め物を乗せながら3秒ほど考える。

 まあそれほど選択肢がある訳でもない。





『どうしてそう思ったんですか?』





 シンプルに尋ねてみた。

 ルール②情報を開示しないがある為、必然的にこのような返しになった次第である。





『獲物を見つける手際もそうだけど、気配の殺し方が抜群に上手いじゃない。あそこまで上手く魔力を隠せる人って見た事ないよ。今だってほら』





 色々と疑問が頭を(よぎ)ったが、最後の台詞を聞いて咄嗟に感度を上げた。



 すると予想通り、おしゃべりクソ野郎を中心に魔力が拡散していくのが肌でわかった。

 通称電波である。



 クソ野郎の気持ち悪い毒電波が広がるのと同時、コミュ障がピクリと顔を上げたのが横目にもわかった。



 コイツは魔力的な素養がゼロな筈だ。

 それを疑ったときから、コッソリ何度もスキャン魔法を撃ったり重めの魔力塊を飛ばしたりしたのだが、コイツは何も気づく様子がなかった。

 恐らくコイツには、魔力を感知する器官そのものが無いのだ。

 もしくは使い物にならないくらい退化している。



 だから今のに気づける訳ないと思うのだが、なんか殺気とか、そういうので察したのだろうか。

 そこそこ長い付き合いだが相変わらず全く意味がわからない。



 クソ野郎が調子こいた感じでのたまった。





『魔力をほとんど隠してる。戦ってる時だって奇跡なしで凄い精度の投擲してたじゃない? 凄腕の弓使いみたいだったし、こだわりが感じられるよね』





 奇跡とはミーナちゃんが使うような肉体強化の事だろう。

 私はこれを勝手に念、もしくはオーラと呼んでいる。



 パンを頬張りながら聞き流す。

 旨味を吸った挽肉混じりの芋は、炭水化物となかなか相性がいい。

 ピリッと胡椒も効いていて、外側の肉は皮がパリパリだ。

 うまい。

 これはワインが欲しくなる。



 一旦パンを平皿に乗せ、別の深皿にホクホクと湯気を立てた煮物をレードルでよそう。

 こちらの方がエールとの相性が良さそうだ。



 なるべく汁を入れずにソーセージとキャベツをよそいながら、先程得た情報を整理する。



 ①コミュ障が魔力無しだと気付いていない。

 ②ハンターで言うところの(ゼツ)(イン)のような魔力を隠す技術が存在する。

 ③探知魔法を使うモンスターが存在する。



 ここまでは少し頭を捻れば私でもわかった。

 ③は狩人が魔力を隠す、という話から必然的にわかる。



 私がこうして考えをまとめている間にも、クソ野郎の口から追加情報が開示された。





『それとも瞬間的に奇跡を出してるのかな? 一応集中して見てたんだけどオレには全然わからなかったよ。どっちにしろ凄い技術だよね。その辺どうなのかな。あっ聞いても大丈夫かな?』





 ④ハンターで言うところの(ゼツ)からの速やかな(レン)は高等技術。

 ⑤コミュ障がめっちゃ評価されている。



 情報を整理しつつ、適当に返事をする。





『気配を隠すのが本当に上手いですよね。……でも私には、山田の使う技術がよくわからないのですが、どうなんでしょう?』





 視線だけ上を見ながら、顎に指を当て考えるフリをする。

 数秒そうしていると、クソ野郎は勝手に話題を変えてきた。





『オレは遠距離があんまり得意じゃないからね。剣持ってるから近接もイケるんでしょ? ヤマダさんみたいにどっちもイケる人見ると憧れちゃうんだよね』


『ランスさんは攻撃魔法をお使いになられないんですか?』


『手慰み程度だよ。本職には全然及ばないから』


『それでも手札があれば選択肢が増えますよね。私なんて前線が居ないと何もできませんから、凄いなって思います』


『サトーちゃんにそんな事言われると嬉しくなっちゃうなあ』





 私はキャバ嬢にでもなったつもりで会話を続けた。

 無性に酒が飲みたいぜ。






ー◆ー






 ときどきコミュ障に解説したり、お犬様に話題を振ったりしながら、基本的に私とおしゃべりクソ野郎で会話を進めていった。



 コミュ障はコミュ障な上に言葉がわからないし、お犬様は寡黙な上に犬なので料理に夢中である。

 会話する役目が私達に回るのは必然だった。



 色々苦労したお陰で結構な情報が引き出せた。クソ野郎自身の情報はともかく、この世界の傭兵の持つ常識や知識など、上位近接職であろうクソ野郎は私達にとって有益な情報を沢山抱えていて、腹立だしい事に非常に有意義な時間だった。



 こちらもそこそこ情報を吐き出したが、致命的な部分には触れていないと思う。



 傭兵の2人はどちらも近接職なためか、コミュ障の危惧するところとは逆に、私よりコミュ障に関心を持っているようだった。

 クソ野郎はもとよりお犬様まで興味津々である。



 別に悔しくないぜ。

 むしろその事実を知ったコミュ障は一瞬非常に嫌そうな顔をした。

 コミュ障の経歴について詳しく訊かれたので、彼は山籠(やまごも)りしてましたと正直に言ったら何故かとても納得していた。



 私のこともそこそこ探りを入れてきた。

 無詠唱で使った催涙式一酸化炭素散布魔法について結構触れてきたが、それはもうお茶を濁すしかない。

 幸いそれほど追及されなかった。



 推測なのだが、恐らく魔法使いに経歴を根掘り葉掘り訊くことは、この世界では基本的にタブーなんじゃないかと思う。

 テンプレでもよくあるし、この世界の魔法使いも宗派や派閥があって、それぞれ独自の魔法というものを研究している。

 自身の経歴の開示は、戦法や戦術の開示に繋がりかねない。

 気軽に切り売りしていいものじゃない。



 そう考えるとズッ友はすごいって改めて思った。

 好き。



 ともかくそんな感じで、私の中では半ば儀式じみたやり取りを長いこと続けた。

 つらい。

 私も別に会話が得意な方ではないのだ。



 大学でも経験はあるが、知らん人と飲み会に行くのはどうしても慣れない。

 お互いの情報を開示してく謎の儀式あるじゃん、クソ寒いノリで進めるやつ。

 あれ必要か?

 いや必要なんだろうけど。

 なんも考えずに飲みたい。

 もうさ、胸元に個人情報書いたプレート貼って各々好きに飲んでればよくない?

 そして知らん奴は私に話しかけるな。



 慣れない事をしたせいか非常にエネルギーを使ってしまった。

 とにかく頭が重い。



 時間も過ぎて会話もそこそこに、私達は緩やかに食事を楽しむようになった。



 やり遂げたぜ。






ー◆ー






 深皿に煮物をよそう。



 煮物は汁気が多く、スープとの中間とも言える様相だ。

 腹もそこそこ満ちたので肉っ気は欲しくない。

 代わりにスープとキャベツを選別してたっぷり盛った。



 行儀は悪いが、(わん)を傾けてスープをゴクリと煽る。

 会話を尽きてからそこそこ経つ。

 少し酔いも回った為か、冷めた塩辛いスープが火照った身体にとてもおいしい。

 追ってシナッとしたキャベツを頬張ってゆっくりと咀嚼する。

 塩気が強くてうまい。



 続けて赤ワインを傾けた。

 エールから移行してこればかり飲んでいる。

 うまい。

 これは煮物が無限に食えそうだ。



 やっぱり肉が欲しくなってきた。

 レードルを持って大皿からソーセージを1本よそい、(さじ)で半分に切り分ける。





「やまら、これ」





 丸々1本はいらないので、半分をコミュ障のお皿にないないする。

 コミュ障は皿を、次いで私の顔を見てほんの少しだけ顔を(しか)めた。

 慣れないと表情が変わったか判別がつかないだろう微細な変化だ。





「佐藤さん。だいぶ酔ってないですか?」


「らいじょうぶ」





 うるせーな。

 今日の仕事は終わったんだよ。



 私がスゲー頑張ったのは万人が認める所なので、私が飲むのを私が許した。

 もう終業なので飲み放題である。



 コミュ障はそこまで酔っていないようなので、ムカついて奴のコップを引ったくり卓上の氷をぶち込んで蒸留酒を溢れるほど注ぎ、奴の手前にダンと置いた。

 衝撃でワインの混じった透明な飛沫が周囲に飛び散った。



 それからアホを無視してお犬様を見る。



 かわいいぜ。



 相変わらずムシャムシャと一心不乱に御食事をなさっている。

 犬は玉ねぎやアルコールが厳禁なはずだが、やはり身体の構造が違うのだろう。

 食欲ほど旺盛ではないにしろ、時折杯を傾けては満足げな表情を浮かべていた。



 アニマルセラピーって偉大だよな。

 表情豊かでカッコ可愛くて賢そうなオオカミさんの食事シーンはいつまでも眺めていられた。



 お強い勇姿を回想し、フサフサのお毛々に隠されたムッキムキな肢体を夢想する。

 お召しになったお洋服も、なんというか何処にでも居そうな一般市民の平服で、最早なんでもいいんだろうが非常にキュンとくる。

 尾っぽの所に穴が開いていたのだ。

 今は尻尾振ってそう。



 たまにネットの広告でケモホモのBLあるよな。

 顔面が完全に獣のパターンのやつ。

 しなやかでありながらガッチリとしたお身体のお犬様は、たぶんそんな感じの魅力がある。

 エッチだぜ。



 あの手の広告ってなんでやたらムチムチを強調するんだろうな。

 性差といえばそれまでだが、しかし男のムチムチが一般的でないのに反して、女性のムチムチは人類共通の……。

 いやパリコレとか見てるとそうでもないのか?



 果たして普遍的な美とは在り得るのだろうか。

 時代や文化、権威やマジョリティによって左右されるものではないのか?

 平安時代まで遡れば肥満は裕福の象徴であり、それを持って美人と……。



 いかんいかん。

 余所に飛んだ思考を散らしてエッチなお犬様に集中する。

 一期一会を大事にせねば。



 気を取り直し、興奮しながらお犬様を肴に酒を呷っていると、ふと彼と視線があった。





『どうした? サトー』


『何れもないれすよ』


『……大丈夫か? 目が据わってるぞ』





 訝しげな視線にも思わずニッコリだ。

 ポリポリとピクルスを齧りながらニコニコと眺める。



 素面(しらふ)ならキョドりそうな場面だったが、酒が入っているため今の私は無敵だ。



 かわいいぜ。

 一生眺めてたい。

 酒がうまいぜ。






ー◆ー






 私はコミュ障の首筋に絡みついていた。

 何故そうしていたのかは全く覚えていない。

 変な癖がついてしまったせいだと思う。





「佐藤さん。あの、佐藤さん?」


「……」





 何か返事をしようとしたはずだが、眠気が勝って声にならない。





『サトーちゃん大丈夫?』


『手を貸そうか』





 傭兵2人が何か言ってきたが、当然返事は出来なかった。

 首が座らなくてもたれ掛かる。





「申し訳ありません。これで失礼させて頂きます」





 私は恐らくコミュ障に抱っこされた。

 当時の意識が曖昧なので、この記憶が正確かどうか定かではない。






*★*






 熱いお茶を啜りつつ記憶を辿るうちに、とんでもない大ポカをやらかしていた事を自覚した。



 しかも前回の失敗から20日も開けていない上、今回は私だけグデングデンに酔うというやらかしぶりである。

 これは全く笑えないぞ。



 顔を上げると、正面のベッドに腰掛けたコミュ障は常のごとく、縁側のジジイの貫禄でお茶を飲んでいる。

 私は謝罪のために口を開いた。





「あの、なんで私は山田のベッドに入ってたんだっけ」





 謝らなければならないはずなのだが、思い出すために半端に時間を食ったせいで、非常に言い出しづらい。

 気がつけば妙な方向に話を逸らしてしまった。





「いえその、僕も酔っていたので、恐らくそのまま寝てしまったのでしょう。申し訳ありません」





 微妙に口を濁している様子を見て、私は自爆したのを悟った。



 これは私がウザ絡みしていたせいで、酔いが回った奴は抱えたままベッドインせざるを得なかったのだ。

 最近の自分を鑑みると、そのような絵面が目に浮かぶようである。



 これは死にたくなる。



 私はうつむき、両手で顔を覆った。





「佐藤さん?」


「すいませんでした……」


「いえ、大変負担が掛かったでしょうから、多少羽目を外してしまっても仕方ありません。僕こそ佐藤さん任せにしてしまいました」





 うつむいたままの私に、しょっぱい慰めの言葉を掛けるコミュ障。



 コイツのこういう所ホント駄目。

 もっと適度に責めてほしい時ってのが世の中にはあるのだ。



 まあ全部自業自得なので何も言えねえ。






ー◆ー






 気を取り直して頭を上げる。

 そのままコミュ障を見つめ、恐る恐る口を開いた。





「私、変な事言ってなかったかな……?」





 未だ全ての記憶を取り戻した訳ではない。

 非常に不安になって口に出てしまったが、言い終えた直後に失言を悟った。





「どうでしょう。僕が見る限り、普通にお話されていたと思いますが」





 コイツが会話の内容わかる訳ねえじゃん。

 私はまたうつむいた。



 もう今日はホント駄目。

 迎え酒して寝たいんだけどいいかな。





「あの、明日にしましょうか?」





 コミュ障がなんか言っている。



 そういえば昨日そんな話をした。

 ギルドや商店を回らなければならないのだ。



 非常に億劫ではあるが、コミュ障には無理なので私の仕事である。



 このままこうしてる事に全く益はないし、翌日以降に持ち込むと、立ち直るのに余計時間が掛かりそうではある。

 非常に億劫ではあるのだが。



 数秒間そのまま沈黙して、顔を上げて手にしていたお茶を勢いよく煽った。

 お茶を淹れてから、わりと早く記憶を取り戻しているため、コップはまだ湯気を立てていた。



 非常に熱いが気合で嚥下していく。

 お陰でバッチリと目が冴えた。

 喉や唇がヒリヒリして涙が出てくる。





「ごめん、大丈夫だから行こう。先に商店に寄りたいんだけどそれでいい?」


「大丈夫です。……あの、大丈夫ですか?」






ー◆ー






 宿を出て、大通りを歩きながら町を見渡す。



 やはり以前の町と町並みは似通っている。

 同じ山を面しているという関係上ある意味必然だが、こちらの方がやや小規模ではあるようだ。



 まず地理を把握するため、その辺に居た穏やかそうなオッサンを捕まえ、外面(そとづら)を作って色々と尋ねる。





『その辺を扱っている通りは向こう側だよ。歩けばすぐに着くさ』



『ご丁寧にありがとうございます』





 姫としての自尊心を満たしつつ、お礼を言って別れる。



 背後に不審者が居るせいで不安だったが、どうやら姫の護衛か何かだと勘違いされたようだ。

 おっさんの目線や表情でそれがわかった。



 好都合である。

 ママがおててを引いてやる必要もないだろう。

 今回は悪目立ちしていないので前ほど注目されていないようだし、見る限りコミュ障も平気なようだ。






ー◆ー






 昨晩うまいメシと酒を楽しんだせいか、先に食品を見たくなった。

 背後の不審者に声を掛け先導する。



 入ってきた南門に向かって、大通りを悠々と練り歩く。



 周囲から老若男女問わず、チラチラと注がれる視線が実に心地いい。

 悪目立ちとは別種の、いわゆる美少女を目にした類の視線である。





『ちょっとなに見てんの』


『ち、違うって』





 すれ違った若い男女2人組のうち、男が私をじっと目で追い、それに気づいた女性が怒り出すまでの流れが傍目にもわかった。



 自尊心が爆裂に膨れ上がると同時に、少々危機感が募る。



 普遍的な美を持つこの私に目を奪われるのは人間ならば当然だが、不貞はとても良くない。

 見てて気分はいいっちゃいいが、ぶっちゃけ野郎に好かれてもどうしようもないし、なにより最悪こちらに累が及びそうだ。

 変なフラグ立てたくない。



 初めて訪れた街でも似たような事はあったと思うが、それを気にする余裕もなかった。

 主に経済的な理由である。

 そもそもこの世界服が高い。

 商店で売ってるのは基本的に古着らしいが、それでも結構なお値段がする。

 社会の教科書で見たような織り機は流石に普及していると思うが、私が思ってる以上に手間がかかるんだろう。



 今は資金が潤沢なので、コミュ障の言うようにフードつきマントを購入すべきだろう。



 顔面を見せびらかすのは正直気持ちいいのだが仕方がない。

 あんまり調子こいてると、そのうち後ろから刺されたり、チンピラに拉致されたりしそうだ。






ー◆ー






 食品を扱っている通りに着く。



 規模的にはかなり小じんまりとしていて、バザーやフリーマケットのような風情(ふぜい)の出店が通り沿いにみっちりと並んでいる。

 パッと見の軒数は、前の町の3分の1ほどしかない。



 扱っている商品を練り歩きながら冷やかし気味に眺める。



 地理的には海からは山ひとつ分遠いため、魚や干物、塩などの値段が少し高い気がする。

 目に見える変化といえばそれくらいである。



 とりあえず干物を見てみる。

 獣肉は道中でもコミュ障のハントによって今後も入手可能だろうが、山から降りれば川魚の入手は怪しい。

 町から下流は汚水が流れているだろう。

 住民の垢やウンコを食べたお魚さんを積極的に食べたくはない。

 よって市場のお魚を見たいのだ。



 サーモンのような魚のデカい丸干しを見つけて驚いた。

 指で測ってみると3〜40cmほどの大きさがある。

 欠片を一口味見させて貰うと想像の通りの風味で、迷わず購入を決定した。

 鮭は旨味が豊富なので調理が捗るのだ。

 他にも色々ちょいちょい買う。

 乾物はあれば何かと便利だ。



 購入した干物の日持ちや食べ方、ついでに肉や野菜の干物、漬物の作り方まで話を広げて色々と尋ねてみた。

 都合よく店主のオッサンも暇そうだったのだ。



 保存食にも色々な種類があるが、要するに細菌の働きをなんとかすればよいのだ。

 日干しにして水分を抜いたり、燻したり、塩や砂糖を使って浸透圧で水分を追い出し細菌を殺したりするのだ。

 発酵という方法もある。



 話を聞きながら色々と脳内で補完する。

 乳酸菌発酵の漬け物や、燻製肉も扱っているようだ。

 どうやら地球上の知識は問題なく活かせそうであった。






ー◆ー






 それから話を集めながら、塩、砂糖、小麦粉、重曹、植物油、茶葉、干し野菜、漬物、麦(たぶん大麦)、日持ちのいい野菜とパンを購入した。



 ここでは大麦やライ麦、オーツ麦の粉も扱っていた。

 店主のオッサンが丁寧に説明してくれたのでだいたい特定できた。

 小麦粉も普通のと全粒粉があった。

 私が前の町で買ったのは全粒粉である。

 ここの方が品揃えがいい。



 まあ私は一番高い小麦粉を買った。

 強力粉や薄力粉の区別はないようだが、混じりっ気のない真っ白な一等粉である。



 これで茶色いパンじゃなくて白いパンを作れるし、パスタやうどんなども作れる。

 それで色々聞いたのだが、粉物屋の店主さんいわく、何々のパンにこれが使われてるよ、というのはわかるが、作り方は知らないらしい。

 大体の業者さんは製法を秘密にしてるんだとか。



 非常に悔しい。

 柔らかいパンが食べたい。



 ここで食べられるパンは全粒粉のパンとかライ麦パンが主で、要するにどっしり中身が詰まった重たいパンだ。

 あとは種無しの、ナンとかトルティーヤみたいな平たいパンとか。

 小麦粉に水を差して焼いただけのやつ。

 もしくはカチカチの冒険者パンである。



 現代にあったドライイーストとか生イーストが無いので、発酵パンに必要なパン種が作れないのだ。

 天然酵母とかを培養すれば自分で作れると思うが、やり方がさっぱりわからない。

 なんかで読んだ気がするのだが、真面目に読んどけばよかった。

 まさか異世界転移するとは思わないじゃん。



 若干落ち込みながら買い物を続ける。



 資金は潤沢なので、砂糖も含め保存の効くものはたっぷりと購入し、ドカドカとアイテムボックスに突っ込む。

 これのお陰で荷物の重さを考慮する必要もない。

 AV女優の透け乳首エルフ様には感謝しかなかった。

 お礼に乳首つついてあげたい。



 小麦粉も湿気などに気をつければ半年は保つだろう。

 乾燥剤はお茶の葉っぱなどで代用が効くし、頑張れば石英や石灰からシリカゲルも合成が可能だ。

 まあ危ないし面倒なのでたぶんやらない。



 重曹はベーキングパウダーの代用になるのだ。

 これで道中のお菓子作りも捗るだろう。

 欲を言えばバターが欲しいが見当たらない。

 ヤギとか牛っていないのだろうか。



 鶏卵サイズの卵もあったが、なんとなく買っていない。

 自分でもよくわからないが、たぶん食中毒が怖いんだと思う。

 ダチョウの卵みたいなでかい奴とかあった。

 面白いが確実に使い切れないので買う気はない。



 色々な理由から日本円に換算しにくいが、宿の料金を一泊4000円だとすると、なんと150万円近く資金がある。

 半金をズッ友に渡してもこれだけ残った。

 普段の節約を頑張れば随分と保つだろう。






ー◆ー






 来た道を逆に辿りながらコミュ障に声を掛ける。

 日はおおよそ中天に位置しており、時刻が真昼である事を指していた。



 今日は朝食も食べていない。





「山田、お腹空いた?」


「いえ、佐藤さんは大丈夫ですか?」


「全然。昨日の飲み会で胃が弱ってると思うんだけど、あんまりお腹空いてないや」


「今日は晩御飯だけでいいんじゃないですか? 小腹が空いたら間食でも摂りましょう」


「そうだね。昨日行った食堂で軽食みたいなのあるかなあ。通りに出店みたいのが見当たんないんだよね」


「ギルドにも食堂が……。いえ、客層の問題がありましたね。行きたくないです」


「でもどうせ調べ物するじゃん」


「そうでした」


「まあ、あそこで食べたくないけど」


「メシが不味くなりますからね」


「マジでゴミ溜めだよな」






ー◆ー






 適当に喋りながら、大通り沿いに面した雑貨屋に入る。



 ギルドに行く前にここを訪ねた理由は、先に筆記用具がほしいからだ。



 無いなら無いでやりようはあるが、あれば非常に楽ができる。

 今回は調べ物が多くなるため、メモ帳とペンがほしいのだ。



 店内をざっくり覗き、店長らしきお爺さんに尋ねてみる。

 記録媒体はボロ布や樹皮、経木(きょうぎ)、木簡が主なようだ。



 植物紙に近いものがあると思ったが扱っていないようだ。

 欧州でいえば12紀頃に伝わり14世紀には普及されたはずだ。

 干物のバリエーションを見た感じ、航海技術がある程度発展していると思ったのだが、当てが外れた。



 羊皮紙も扱ってないようなので、これは需要の問題かもしれない。

 植物紙も羊皮紙もお値段が高いのだろう。

 蒸気機関が確立されれば工業化によって紙も安くなるだろうが、たぶんそんなもんは無いと思う。



 樹皮はそのまま樹皮である。

 安い、そして書きづらそう。

 木簡は薄っぺらい木製の板で、ここでは端材のような木片の角を落として扱っていた。

 大きさも統一されていない。

 触ってみると思ったよりサラサラとしていて、字を書くには十分だと思えた。

 経木は1mm以下のうすーい板である。

 柔らかくて手で曲げられる、半分紙のような板だ。

 値段は樹皮<木簡<<<経木という順だ。



 値段などを検討した結果、木簡とボロ布、それと乾性油を購入した。

 乾性油はニスの代わりである。



 木材は適当な樹があれば手に入る。

 今後は自分達で伐採、加工してしまってもいいかもしれない。

 まあ木簡はお値段は高くないので、暇があればである。

 しかしこの世界、国有林とか樹木採取権とかあるのだろうか。

 偉い人に怒られないかな。

 まあ小規模にコッソリやれば大丈夫だろう。



 乾性油はアマニ油やひまわり油などの油で、空気に反応して固化する性質がある。

 オリーブオイルのような不乾性油でもいいが、ニスの代用にするならこちらの方が適しているだろう。



 筆記用具は念願の定規を1セット、直線定規と直角定規だ。

 鉛筆は探したのだが見当たらなかった。

 中世でも使われていた、黒鉛に糸を巻いたような鉛筆ならあるかと思ったのだが。

 仕方がないので羽根ペンと、インクを少量だけ購入した。

 インクが思ったより高い。



 まあ当てはある。

 インクや鉛筆は自分達で作ればいい。

 自作した経験などサッパリだが、コミュ障直伝のフワッとした怪しい知識もあるし、魔法もあるので多分何とかなるはずである。

 木炭をいい感じに加工して鉛筆代わりにしてもいいだろう。



 それから大きめの水筒をたくさん買った。

 下水の混じった川を水源とするのは難しいそうだからだ。

 アイテムボックスがあるため重量を気にする必要がなく、このようなパワープレイが可能である。



 蓋がついた陶器の入れ物も大きいのから小さいのまでちょこちょこ買ってみた。

 保存食として塩漬けやオイル漬けを作る事ができるし、火にかけてスープ壺にする事もできる。

 ついでに別口で使うフライパンもほしいので良さげなのを購入。



 それに皮袋に布袋だ。

 採取した砂鉄や珪砂(けいしゃ)錫石(すずいし)、鉛、炭、石灰などのクラフト素材を貯める容器が必要だ。

 加工した干し肉やドライフルーツ、茶葉などを入れる事もできる。



 多くある分には困らないと思い、これらの保存容器は金に任せて大量に購入してしまった。

 料理作ってると色々欲しくなるよな。



 古着やバッグ、冒険者用と思われる装備も簡単だが扱っていた。



 いい感じのフード付きポンチョを発見したので、迷ったが結局それも購入した。

 ダークグレーで野外でも汚れを気にせず着やすいし、デザインも悪くない。

 手持ちの服と合わせても大丈夫だろう。



 早速着てみる。

 薄手のそれは着心地もなかなかよい。

 フードを被れば絶世の美少女だと気づかれにくいだろう。

 これからギルドに行くので丁度いい。



 私が色々と悩んでいる間、コミュ障は道具袋やナイフなどをじっくり見つめていた。



 野郎、投擲用のナイフが欲しいらしい。

 頑張ってナイフを出せるようになったのに早速浮気かよと思ったが、コミュ障いわく私が別に動くパターンを想定して持っておきたいそうだ。

 ちょっと複雑だが言いたいことは理解できた。



 店主さんとも相談して、なかなかカッコいいナイフを20本と小振りな手斧を4本。

 併せてホルダーと砥石、麻紐と裁縫用のソーイングセット、ついでに予備のロープを数巻購入することになった。






ー◆ー






 買い物が済んだので冒険者ギルドへと向かう。



 早速フードを目深に被ってみた。

 これで不審者2人組の完成だが、さてどっちがマシなんだろう。



 大通りを逆に歩きしばらく進むと、やがて特徴的で大きな建物が目に入った。

 冒険者ギルド、別名ゴミ溜めである。

 クソでかい肥溜めだぜ。

 こんなもん大通りに設置すんなよ。



 入口からは荒っぽいざわめきと共に、既に煙草のニオイやらアルコール臭やらが漂ってくる。



 辟易としながら扉を(くぐ)ると、案の定数グループのチンピラが酒を煽りながら(くだ)を巻いていた。

 テーブルにカードやダイスを広げて賭けを興じているようである。

 (かたわ)らのパイプ煙草からは煙がうっすら立ち昇っていた。

 吸わないなら消せよ。



 今更なんだが、冒険者ってマジで民度低いよな。

 一応国から認められた機関だと聞いているが、とてもそうは思えん。



 もちろん冒険者稼業など、将来のある人間が就く職業ではない。

 チンピラが跋扈(ばっこ)するのは必然である。

 しかしもう少しこう、なんとかならないものかと思う。

 収入に直結するのだろうが、酒場と事務手続きするところが同じってどうなの。

 くっせぇんだよここ。



 認めたくないが、一応あれでヤリチンはかなりまともな冒険者だろう。

 ズッ友達や、レイプ祭りに参加せずに最後まで態度が変わらなかった冒険者さんだっていた。

 悪貨が良貨を駆逐するとは言うが、こんな環境だと彼等のようなまともな冒険者はますます減ってしまうのではないか。



 まあいい。

 クズどもの隙間を練り歩いてカウンターへと向かう。



 私は神経質そうな職員のお姉さんに話しかけた。

 糞みたいな環境で働いているせいか、ストレス溜めてそうな顔をしている。



 まずはギルドカードを提示して、討伐証であるゴブリンとオークの耳を換金する。

 ギルドは母体が統一されているので、何処何処のモンスターを倒しただとかは問われないらしい。

 あの山は異常ポップしていた事もあり、結構な額が手に入ってホクホクである。

 金はいい。



 その他諸々の手続きを済ませた。

 コミュ障はそれを暇そうに見ている。

 私はどのタイミングでコイツに言葉を仕込めばいいんだろう。



 さて、職員のお姉さんに話を通し、モンスターなどの資料を見せて貰う。

 かなり横柄な態度で渋られたが、こちらが穏便に対応しつつ金貨をそっとチラつかせると、コロッと態度が変わった。

 私達は金持ちなので汚しても弁償が可能なのだ。

 別に汚す気はないが。



 少々ムッときたが、あのような態度になるのも仕方あるまい。

 このような吹き溜まりで丁寧に応対すると、勘違いしたアホが増長するのが目に見えている。



 目立ちたくないので小銭を払い、冒険者から死角となる職員用のスペースを貸して貰った。

 カウンターの内側である。

 貴重な資料を借りているので、目についた方があちらも安心できるだろう。



 椅子に腰掛け、机に資料と筆記用具を広げる。

 ここからはお勉強タイムだ。






ー◆ー






 コミュ障も座って店を広げた。

 先程買ったホルダーやソーイングセットを出し、腰元のウエストポーチを外した。

 更にフード付きマントで顔を隠したまま、胴体のレザーアーマーを器用に外している。

 一体何を始める気なんだろう。



 私の視線に気づいたコミュ障が口を開いた。




 

「購入した鞘の具合を見ておこうと思いまして」


「ああ、そういう」





 レザーアーマーまで外していたので混乱したのだが、少し頭を捻れば奴の考えが理解できた。



 新しく買ったナイフ1本をざっくり100〜200g、手斧を300〜500gとして、全部合わせると3〜4kgである。

 ホルダーはベルトに通せるような構造になっているが、全て腰のベルトに通すとズボンがずり落ちるだろう。



 よくあるマントの裏側にホルダーを付けるのかと一瞬思ったが、動くときすごい邪魔そうではある。

 恐らくレザーアーマーの各所に分散してホルダーを付けるつもりなんだろう。

 どっちも邪魔になりそうだが、まあ好きにしたらいい。

 ともかく、となると裁縫糸では荷が重い気がする。



 コソコソとアイテムボックスを取り出す。

 高価なものだろうし、あまり見せびらかして良い事もあるまい。



 ペラペラの皮袋を持って魔力を込めると、中に入れたものがぼんやりと頭に浮かんできた。

 その中の1つを指定して、更に魔力を込めると袋がブクっと膨らんだ。

 口を開けると、中には丸まった毛皮が入っている。



 非常に得体の知れない技術だ。

 途中過程を見たいのだが、袋の口を閉めないと魔力が散るだかどうとかで上手くいかないらしい。

 なんかが脳に干渉してるのは確定しているし。

 謎である。



 この毛皮は毛抜き処理までされたものだ。

 革を細く切れば強い糸にもなる。

 ソーイングセットに断ち切りハサミがあったので、丈夫な革を切るのもなんとかなるだろう。





「こっちの方がよくない?」


「ああ、ありがとうございます」







*★*






 以前雑貨屋で買い物をした折に革製品を見て、そういえば毛抜き処理ってどうやってやるんだと疑問を持ち、店主のオッサンに色々教わったのだ。

 処理に必要な白い粉の正体が当初はわからなかったが、特徴を聞いて当たりがついた。

 石灰である。



 石灰といえば石灰石だ。

 石灰石なら川原とかに落ちてる白っぽいアレである。

 石英も白いのだが、そっちはガラス質のため簡単に区別がつく。

 擦ってギャリギャリすれば石英だ。

 石灰石は脆いので削れやすい。



 泥で適当に炉をつくり、1000度くらいで1時間くらい石灰石を焼く。

 私は魔法で酸素を作れるし、薪の色で大体温度は判断できるので管理がしやすい。

 薪の場合、真っ赤になっていれば1000度くらいである。

 調理の片手間にも作業ができた。



 それを砕いて粉にすれば石灰ができる。

 まあ不純物も多少混じってるだろうが何とかなる。



 それを塩と一緒に毛皮に擦り込んで何日かおき、ヘラで擦ると毛が面白いように抜けて怖くなった。

 アルカリ製品こわい。



 石灰は他にも色々と役に立つため、結構な量を集めておいた。

 道中でもたまに拾っている。

 川で拾える貝殻からでも作ることができる。

 石鹸の材料にもなるし、鉄やガラス、モルタルなどの素材にもなる。

 物資の乏しい中世ワールドなので集めておいて損はない。






*★*





 先程購入した速乾油とボロ布も出しておいた。

 これを塗れば革が硬化して丈夫になるし、水を弾くようになる。

 革製品は定期的に油を塗る必要があるらしい。

 カサカサに乾燥した革は脆くなるのだ。

 ついでに鞄やレザーアーマーの手入れもしてしまえばよい。





「なるべく音を立てないよう気を付けますが、気が散るようなら言ってください。もともとそちらの目的が優先ですから」


「うん、わかった」





 カチャカチャという音を耳にしながら、視線を手元に向ける。



 羽根ペン、インク壺を右手側に押しやり、資料を広げる。

 この周辺の動植物、モンスターの情報が欲しいと言ったら、もともと厚い羊皮紙だが、全て重ねると5cmほどもある資料をドンと渡されて辟易となった。



 斜め読みにざっくりと目を通し、要不要を手早く分けていく。

 動物は食用に向かないもの、植物は逆に食用に向くものと、有用な薬草の情報が欲しい。

 モンスターの情報は全て集めておく。



 10分ほどで選別を済ませる。

 本格的にノートを取る前にまず、購入した筆記用具がメモ帳として適切かどうか判別しなければならない。



 とりあえずボロ布を試してみる。

 墨壺にペンをつけ、布をなぞると滲んできた。

 やはりこれはインクには向かない。

 気を取り直して木簡を取り出す。

 木肌をなぞるとそれほど滲まないが、ペンの使い方にかなり癖があるようだ。

 何度も線を引いて、気が済むまで練習をする。



 さて、書き写す作業に入る。

 資料のイラストも写すのだ。

 簡単なデッサンなら自信はあるが、消しゴムなどないので少々工夫が必要になる。



 イラストを眺め、軽く手を動かしながら全体像やディテールを掴んでゆき、なんとなくイメージを固めたらそれを木簡に描いていく。

 まず大まかなシルエットを描いて、そこにちょこちょこ盛っていく感じだ。



 しばらく四苦八苦して手を動かす。



 できた。

 半分ディフォルメみたいな感じだが、十分特徴は掴めていると思う。



 写実性より特徴を描くことに重きを置いた。

 下手にリアルにするよりもわかりやすい。

 まあ使ってるのが羽根ペンなので、陰影を描いたりするのはそもそも無理だ。

 Gペンみたいにシャッシャッてやればいけるかもしれないが、私にそんな専門的なスキルはない。



 絵を描き終えたら、資料にある名前や注釈などを日本語で書く。

 コミュ障が読めないと困るのだ。

 終わったら乾かすために一旦脇に置く。



 一発勝負なので集中力が必要だ。

 動物やモンスターはわかりやすいが、植物は葉の形などに似通った種類のものが多く、特徴をきちんと把握してからイラストに起こさなければならない。

 先に資料を十分に読み込んで、それから描いていく。



 Ctrl+z使いたい。

 やっぱアナログって苦手だわ。

 線が気に入らなくて発狂する。

 なんで現実にはアンドゥ機能がねえんだよ。



 久々に絵を描いて発狂しつつ、時間が経つとあまり気にならなくなる。

 集中できているのが自分でもわかった。



 乾いたか確認をしてアイテムボックスにしまい、またイラストを描いていく。

 模写だけならそう時間も掛からない。

 プロセスが決まれば迷う事なく手が動く。

 こういう作業は得意なのだ。



 没頭し始めると時間を忘れる。

 カリカリと手を動かすだけの時間が過ぎていった。






ー◆ー






「……ん、佐藤さん」


「……え?」





 コミュ障の声にハッと顔を上げた。



 見ると奴は焦ったような顔付きになっている。

 まあほぼほぼ無表情なのだが、顔面筋の張りからそれがわかる。



 何故か女性の職員さんが2人、テーブルを覗き込んでいるがそのせいだろうか。



 机には麻紐と、何やら縫いかけの編み物みたいなものが広げてあった。

 ホルダーじゃないよな。

 なんだアレ。

 ……ああ、投石紐だ。

 今使ってるのもうボロボロだもんなあ。



 まあいいや。

 しゃーない助けてやるぜ。

 お姉さんに声を掛ける。





『どうかしましたか?』


『あの、すごく絵がお上手ですね』





 褒められてしまったぜ。

 嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 照れてしまって謙遜する。

 世の中もっと上手な人はいくらでもいるのだ。





『そんな事ないですよ』


『いえ本当に……、えっ!? めっちゃ可愛い! ていうか綺麗!』


『うわっ、お人形みたい』





 どうやらフードで顔が見えづらかったようだ。

 褒められまくってムクムクと自尊心が膨らんでいく。

 堪んねえな。

 もっと見ていいぞ。





「あの、佐藤さん」





 うるせえな。

 多少のファンサくらい構わねえだろうが。

 私の美貌は世に知られるべきなんだよ。

 天が与えた唯一無二の絶対美だからな。

 ちょっとくらい我慢しやがれ。





「ランスさんとマックスさんがギルドに来ています」


「……えっ?」


「何かを探している様子です。マックスさんは嗅覚が鋭いですから、目的が僕達なら間もなくここに来ると思います」




 マックスさんとはお犬様だ。

 初遭遇時も私達の匂いを正確に嗅ぎ分け追跡してきた。

 奴の言う通り見つかるのは時間の問題である。



 思わず机の上を見る。

 木簡には日本語で色々書いてしまった。

 現在15枚ほどの木簡が乾かしている最中である。

 別に見られて不味いものじゃないが、説明が非常に面倒くさい。



 ていうか何の用だよ。

 急に来られると対応に困るだろうが。

 ヤリチンといい、これだから陽キャは好きになれないんだよクッソ。





「あの、こちらから出ればいいと思うのですが。挨拶だけならすぐに済むと思いますし」





 流石コミュ障である。

 相変わらず冴えてるぜ。





「うん、そうしよう」


「ええ……。いえ、もう手遅れですね」





 無表情でそう呟くコミュ障。

 顔を斜め後方に向ける。

 カウンターの辺りだ。



 私もそれに倣うと数秒後、カウンターから身を乗り出してこちらを覗く影があった。

 例の態度悪い女性職員がひどく動揺している。





「見つけたぁ」





 顔面を90度に傾けたおしゃべりクソ野郎が、例のキモい笑顔でそう呟いた。

 ワカメみたいな髪が下に垂れ下がって、持ち前のキモさと凄味が増している。





 ホラーかよ。







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