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陛下に、カーティスにも言ってやりたいことがあると視線で告げれば、微かに頷いて許してもらえた。
ジョシュアの腕をがっちりと掴んで寄り添い、カーティスの方を向いて、憔悴しきった元婚約者の顔を、最後なのでじっくりと眺める。
艶やかな黒髪、涼しげな青い瞳に、繊細ながら意志の強さを感じさせる顔立ちは、抜け落ちた表情のせいで台無しだ。
凛々しい雰囲気の美青年に成長したカーティスの容姿だけは、アカデミー中の誰もが褒め湛えたけれど……中身を知り尽くしてしまった私のような人間からすれば、まるで無用の長物にしか思えない。
――私がアンタに婚約破棄された後、どんなに惨めな思いをしたか、理解できないでしょうね。
まるで高級な家畜のように、私を王宮へ売り飛ばしたつもりで私腹を肥やしていた両親は、カーティスに婚約破棄されて帰ってきた娘に激昂した。
国王陛下と父が結んだ婚姻とはいえ、王子自ら宣言した婚約破棄を覆すことなど父には不可能だった。
父はカーティスの気持ちを繋ぎとめておけなかった私を責め、婚約破棄によって価値を落とした娘でも高く買い取ってくれる嫁ぎ先を見つけるために奔走し始めた。
母はヒステリックに泣き叫んでは気を失い、起き上がっては再び暴れた。
様々な知識も、アカデミーでの好成績も、集めた人望も、作り上げた派閥も、恥を耐え忍んだ日々も……浮気者で嘘吐きの婚約者の思いつき一つで、長年の努力が全て水泡に帰した。
私の能力を買ってくれるような男性には当然、決められた婚約者がいたし、卒業後は皆結婚式が目白押しだった。
となれば、残された道は年の離れた大貴族の後妻がせいぜいだろう。
暗い気持ちですっかり塞ぎこんでしまった私の前に、まさか文字通り白馬に乗った王子様――正確には皇太子だけど――が現れた日には、両親と揃って腰を抜かした。
私がカーティスに婚約破棄されたことを知ったジョシュアが、結婚を申し込みに来たのだった。
ジョシュアは、アカデミーで数少ない婚約者を持たない男だった。
『伴侶は己で選んだ人を迎える』という家訓らしく、彼の父である皇帝も己が認めた異教徒の姫を伴侶として選んだらしい。
既に皇太子として立太子まで済ませた好物件ということもあって、彼に言い寄る女子生徒は後を絶たなかった。
だけどそんなジョシュアは、私が泥臭く足掻いている姿を好ましく思っていると何度も告げては、せめて学生のうちだけでも恋人になってほしいと頼み込んだ。
レベッカを取り囲んでは楽しそうに過ごしているカーティスの姿を見るのは辛かったし、婚約者と睦まじく学生生活を送っている令嬢の姿が羨ましかった。
隣の芝生は青かった。
私だって、恋人と幸せに過ごす学生時代の思い出が欲しかった。
学生の間くらい自由にしたって許されるべきだと、彼らも言っていたではないか。
そんなことばかりが頭を過ったけれど、私は結局ジョシュアの提案に頷くことは無かった。
彼と恋人になってしまったら、卒業が辛くなるのがわかっていたから。
彼と結婚したいと、共にありたいと、願ってしまうだろうから。
私の心は既にジョシュアにあったのに、それでは耐え忍んだ日々が無駄になってしまうと、意地を張っていた。
卒業前にはジョシュアの方も私に近づくことが無くなったので、諦めて他の人を探すことにしたのだと思っていた。
だから、努めて彼のことを考えないように、していたのに……。
つれない態度を取り続けたにもかかわらず、私が絶望した正にその時に彼は現れて「今度こそ逃がさない」と、どれだけ私を諦められなかったかを語り、プロポーズしてくれた。
そんな人を――愛さないわけがなかった。
ジョシュアは私の両親に『娘さんを異国に連れて行くから』と、どっさりと手切れ金代わりの金貨を渡して私の婚約者の座をもぎ取ると、電光石火を思わせる速さで、その翌日には王宮に乗り込んだ。
そして今に至る、わけなんだけれど。
カーティスから婚約破棄を申し入れられたのは、たった数日前のことだ。
にもかかわらずこのあまりに素早い対応ということは、王宮に潜り込んだ間諜と頻繁に連絡を交わすための手段を持っているのだろうと推測できる。
きっと今回の一連の出来事も、発信元不明の噂として各国に周知されるのだろう。
いい気味よね。
ざまぁみろっての。
私はカーティスを眺め終えると、幸せいっぱいに微笑み、口を開いた。
「カーティス殿下、貴方の顔を見るのは、きっと今日が最後ですわ」
「私が愛しているのは、何を言われても諦めずに私を救ってくれたジョシュアただ一人。殿下の仰る通り、愛していない人間とは結婚できないという気持ちを、ようやく理解できましたわ。殿下と結婚しなくて、本当に良かったです」
「愛する私たちを引き裂くことはできませんわ。だって、こんなに想い合っているのですもの」
「裏の思惑を持った聖女候補に現を抜かして、勉学や己のやるべきことから逃げた貴方に興味などございませんでしたわ。頭脳明晰で武芸にも秀でているだけでなく、私にいつだって優しく接してくれるジョシュアとは、比べ物になりませんもの」
「俺はしっかりと言うべきことを言うクリスティナも好ましく思っているし、愛しているぞ」
「ありがとう、私もジョシュアを愛しているわ……。ねぇ、殿下。これだけハッキリと本当のことを言って差し上げた方が、諦めもつきますでしょう? 未練がましく縋られても、鬱陶しいだけですものねぇ」
「既にジョシュアの父君である皇帝陛下にもお許しをいただいておりますし、父と国王陛下にも出立の挨拶は済ませていますの。王太子になる道の無くなった貴方と、以前より皇太子として活躍しているジョシュアとでは、やはり格が違いますわねぇ。結婚式が、今からとても楽しみですわ」
睦まじくジョシュアと寄り添う姿をカーティスに見せつけるように、更に頭を寄せる。
「――で、これだけ言われてもまだ、私に対して幼少のころから共に時間を過ごした仲としての、情のような気持ちは残ってる? まぁ、何があってもこの気持ちは絶対に変わらないから、アンタがどう思おうが関係無いんだけど」
呆けたように立ちすくむカーティスの姿に満足すると、満面の笑みを浮かべて出口の方へ向き直る。
「世迷言ばかり言うアンタなんて、誰とも結婚できずに、一人で寂しい日々を過ごして頂戴」
振り返ってそこまで言うと、私とジョシュアは連れ立って王宮を後にした。