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王宮の庭園の片隅で、レベッカはまだ騒いでいるけれど、私とカーティスの話の邪魔にならないように、少しだけ離された。
「クリスティナ……その、俺は、なんということを――」
「カーティス殿下」
我に返ったような彼の言葉を遮り、声を重ねる。
満面の笑みを浮かべる私の姿を見て、少しだけ表情を緩めたカーティスに、問いかける。
「で、まだレベッカを愛していますか? 是非、カーティス殿下のお気持ちを教えてくださいませ」
周りにたくさん人がいるので、言葉遣いは令嬢らしいものに戻した。
私の問いかけにカーティスは目を見開くと、バツが悪そうに眉を下げる。
「いや、それは、その……俺が間違っていた。レベッカに抱いた感情は、愛などではなかった。やはり俺には、クリスティナしかいない。側妃などではなく、正真正銘俺の妃として、共にいてほしい」
あらあら、随分と調子が良いのね。
レベッカが駄目なら、また私ってわけ?
掌返しの早いこと早いこと。
「ですが殿下は先ほど『他人を愛していて、自分に興味のない』相手に『愛されなくても役に立て』と言われても、愛がなくなるはずがないと、そう仰ったではないですか。私にはレベッカ様を愛しているとあれほど豪語しておいて、もう撤回されるのですか?」
「ぐ……、それは、また別の話ではないか」
「別の話? 何故ですか? 同じことですわ。私は、私を都合良く扱おうとする殿下を愛してはおりませんし、殿下もご自分を騙したレベッカ様を愛していらっしゃらないのでしょう? ほら、同じことですわ」
そう断言した私をなだめるように、カーティスは不器用な微笑みを浮かべた。
「そ、そんなことはないだろう。レベッカなど、所詮はアカデミーで出会っただけの女。幼少のころより共に時間を過ごしたクリスティナとはまるで違う存在だ」
私をなんとか宥めようと言葉を選んでいるみたいだけど、もう口先ではどうにもならないのよ。
「まぁ……! 私とは古い馴染みというだけで、アカデミーではほとんど接点など無かったではありませんか。今の殿下を知り尽くしているのは、レベッカ様ですわ。私はもう殿下の婚約者ではございませんし、赤の他人でございます。だって……殿下より直々に婚約破棄なされたではありませんか。なので、婚約者でもない殿下は、私の名前を気安く呼ばないでくださいませ。無礼ですわ。王子殿下ですので特別に、今までのように『お前』でもよろしゅうございます」
これだけ言っても、目の前の男はまだめげないらしい。
オロオロと狼狽えながら、なんとか私の気を惹こうとしている。
「そんな寂しいことを言うな、クリスティナ。俺が悪かった、謝るよ。君に酷いことを言ってしまった。だがやはり、幼いころから共に過ごした仲だろう? 君の愛が消え去ってしまったとは信じたくないんだ。少しくらいは、俺への気持ちも残っているはずだ。今回のことは、俺が全面的に悪かったと認めるよ。だが……若気の至りと、どうか許してはくれないか?」
おうおう、どんどんと下手に出ていくじゃないの。
その気になればそれっぽいこともスラスラと口から出てくる姿に、心底呆れ果てる。
婚約者だったころは、『婚約者なのだから許せ』と言われた。
そして今は、『愛しているなら許せ』と言うの?
全く、本当に――――在り得ない。
「名を呼ぶなと、無礼だと申し上げているではありませんか。貴族たちの規範となるべき王族の一人である第一王子が聞いて呆れますわ。殿下が信じようが信じまいが、無いものは無いのです。数えきれないほどの我慢を強いておいて、それでもまだ許せですって? 今更、調子の良いことをどれだけ囁かれようと、起きた事実も、言われた言葉も消えたりしません」
冷ややかに告げると、苦々しい表情を浮かべたカーティスが口を開きかけたので、仕方なく言葉を続ける。
「……それに何より、私の次の嫁ぎ先は決まっておりますの。ですので、殿下の出る幕など、もう無いのです。どれほど頼まれようとも、もう一度元の関係に戻ることはありません」
「なん、だと……?」
目の前で愕然と額に手を当てる男の姿に、釈然としない気持ちが沸々と沸いてくる。
何よ、次の引き取り先が決まっていたら、意外だとでも言うわけ?
チラリと視界の隅に近づいてくる人影を確認して、視線を正面に戻す。
カーティスは気を取り直したのか「一体、相手は誰だと言うんだ!? 信じないぞ!」と叫んで、私の腕を取ろうと手を伸ばした。
掴まれる前に、後方に大きく飛び退く。
突き飛ばされたように見えるように、わざとらしく「キャー!!」と甲高い声もオプションで付けておいた。
身体が後ろに傾いて、視界に空が広がっていくと――力強い腕に抱きとめられた。