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――ということが、つい数日前にあったのだけど。


よくもまあ、あれだけ言った相手に『側妃』だの『愛』だのと言えたものね。



馬鹿なのかしら?

馬鹿よね?

うん、だって馬鹿だもの。


一人頷く私に、カーティスは焦れたように「おい、もっと嬉しそうにしたらどうだ。素直じゃない女だな」と眉を寄せる。




そんな()婚約者に、私はあの日できなかった分も含めて、盛大に睨みつけると、大きく口を開いた。






「嬉しいわけねーだろうが馬鹿。何事かと思えば、好き勝手言いやがって。誰がアンタの側妃になんてなるか。顔を見るのも忌々しい」



「なっ、なっ……!」



腕を組んで吐き捨てた私の様子に、カーティスは口をパクパクとさせている。


令嬢らしからぬ物言いなのはわかっているけれど、このくらい男兄弟がいれば普通のことだ。


もう侯爵令嬢でなくなるし、この国からも去るので我慢するのは止めた。

先に礼を失したのはそっちだし、どう思われようが気にすることは無い。



「何を言う!? あれだけ俺に纏わりついておいて、愛していないわけないだろう!」

「はぁーーーーー」



目の前の男の、あまりの思い上がりに、盛大に溜息を吐く。



カーティスに対して、愛なんてあるわけがない。


邪険にされて、他の女と恋愛ごっこする姿を見せつけられて、努力を踏みにじられて、好き放題に暴言を投げつけて婚約破棄されて、そんなものあるわけがないだろうに。


私の淡い初恋は、愛に昇華する前に腐り落ちた。


せめて儚くも美しい思い出のままだったなら、どれだけ良かったか。

初恋は甘酸っぱいと聞くけれど、私の場合は苦くて酸っぱい、風邪を引いて戻してしまったときのアレと同じである。


思い返しても恨めしいだけだなんて、なんて残酷な結末だろう。



本来なら呼び出しに応じる義理も無いけれど、今日は用事(・・)があったから、ついでに寄っただけのことだった。



「アンタへの愛なんて無いわよ、馬ッ鹿じゃないの?」

「そんなわけ――」

「それこそ、いつもべったりと纏わりついていた聖女候補サマは何処に? 私を側妃にするとか寝言をほざいているようだけど、それについて彼女は何て言ったの?」

「か、彼女も聖女となる身で、正妃となった後も王宮と神殿の行き来で不在にすることも多いので、お前を側妃として迎えることについて、辛いが受け入れると言っていた」

「ほーん、あっそぉ」



気のない私の返事に顔を顰めるけれど、カーティスはこれ以上何も言うつもりはないらしい。


アンタたちの魂胆がわからないわけが無いでしょう。

やっぱり、本当に馬鹿なんだから。



「それだけじゃないでしょう? 幼いころから私と婚約していたから気にすることも無かったのかもしれないけど、側妃の子であるアンタが正妃の子である弟王子と渡り合うには、伴侶の実家の力が不可欠。それなのにアンタが選んだ女ときたら、世界に数人しかいない聖女候補なんて肩書きはご立派だけど、神殿は誰に対しても中立の立場で、後ろ盾には成り得ない。とはいえ彼女の生家である伯爵家は信仰心こそ立派なものだけど、だからこそ慎ましい人たちで、権力闘争の場ではまるで役に立たない」

「う……」

「成績こそ、まぁまぁのラインを維持していたようだけど……。将来、他国の重鎮となるであろうアカデミーの生徒たちからの評判を下げた挙句に、勝手に私と婚約破棄したことで、アンタは国王陛下に王太子候補から外すと言われた」

「何故、それを……!」



顔色を変えているけれど、何を言っているのやら。


普通にしていたら王太子の座なんて手に入らないから、だからこそアカデミー入学前から周囲を認めさせるために頑張ろうと誓ったのに、そんなことまで忘れてしまったのか。



「だから、苦し紛れに私を側妃にしようと言い出した。ついでに神殿での勤めのあるレベッカの代わりに、王子妃が担うべき政務も私に押し付けようってね。……どこまで私を虚仮にすれば気が済むの? アンタみたいな男、王太子になれなくて当然でしょうが!」



私の言葉に、今度はカーティスも言い返してきた。



「だが、お前だって俺を王太子にしたがっていただろう! いつまで拗ねているつもりだ。良いじゃないか、愛する俺が王太子になるために役に立てるなら、お前だって本望だろう?」

「あ゛?」



どれだけ嫌な奴だとしても、結婚相手が失脚しては困るに決まっている。

ただそれだけのことだったと今なら断言できるけれど、そんなかつて婚約者だったころの私側の事情は、まるで一切頭に無いらしい。



「どうせ今更、新しい結婚相手など見つからないだろう? 意地を張らないで、聞き分けたらどうだ。肩身の狭いまま実家にいるよりは、ずっと良い生活ができるぞ」

「そう仕向けた張本人のクセに、何を『私のため』みたいな言い方してるのよ? こ・と・わ・る、っつってんの! ……大体アンタ、自分が側妃の息子だからって、王族だから自分も側妃を迎えられるつもりでいるの? 側妃なんて、一夫一婦制のこの国で国王か王太子に長年直系の跡継ぎができない場合の最終手段なのに、何を学んできたの?」

「だ、だが、聖女候補が王子妃になったことなど無いだろう? 少しくらい融通を利かせるべきじゃないのか?」



うわーーー、自己中!!!!



「だ・か・ら、誰も聖女候補や聖女を王族に迎え入れたりしないし、奇跡の力を宿す存在が俗世にいたら狙われて命が危うくなることも増えるから、歴代のほとんどの聖女様は自分が死んでしまったせいで神罰が落ちることを避けるために、生涯神殿で暮らすことを選ぶのよ。側妃についても、法を変える力を持つのは、それこそ国王陛下ただ一人。だけど、そんな自分勝手な理屈が通るわけないでしょうが!」



怒鳴りつけて、ようやくカーティスの視線が泳ぎだしたけれど、まだ己がどれだけ取り返しようのないことをしでかしたのか、認める気は無いらしい。



「そんなことを言ってまで、俺とレベッカの仲を裂こうとするのか!? やはり、まだ俺を愛しているからそんなことを言うんだろう!」



あー、もう!

マジで話が通じないなぁ……!


やっぱり、アカデミーで遊びまわるうちに抜けてしまった頭のネジは戻らないみたい。



「はぁ……。どうあっても、私がアンタを愛してるって信じていたいみたいね。自分が何を言っているのか、理解していないの? 『他に愛する人がいて、お前には興味がない』『愛していないけれど、役に立つから側妃になれ』なんて言われて、もし百歩譲って私がアンタを愛していたとしても、そんなもん微塵も残らないわ」



これだけ言ってもまだ納得しないらしく、「そんなはずは無い!」と粘るカーティスに、いよいよ不快感が最高潮に達した。


このまま立ち去っても良いのだけど……誤解を残したまま別れるのも我慢ならない。



……仕方ない。

面倒だけど、現実を見せつけてやるわ。



「……アンタに、見せたいものがあるの」

「何? 急にどうした」

「いいから、黙って付いてきなさいよ」



言い捨てて、さっさとドアを押し開けると、慌てたようにカーティスが後ろに続いた。



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