2
「カーティス殿下、……と、レベッカ様? 本日は一体、どのようなご用件でしょう」
王宮にあるカーティスの私室に呼び出されたので応じてみれば、そこには広々としたソファでピッタリと密着して座るカーティスとレベッカの姿があった。
レベッカは聖女候補であり、アカデミーを卒業したら聖女認定を目指して厳しい修業が始まると聞いていたけれど……。
こんなところで油を売って、一体何をしているのだろうか?
卒業後の余韻を感じる暇もなく、王子妃として嫁ぐ準備を進めるために侯爵家と王宮を忙しく往復する日々を過ごしていた私と違い、目の前の二人は存分に開放感を味わい羽を伸ばしていたらしいことは、すっかりとくつろいだ彼らの様子から見て取れた。
「あぁ……ようやく来たか、クリスティナ。随分と待たされたぞ」
婚約者である私の目の前で、カーティスとレベッカは堂々とイチャつく姿を見せつけながらも、一向に対面のソファを勧める素振りすら見せない。
それどころか、忙しい予定を必死に調整してやって来たにも関わらず、文句を付けてくる始末。
これには流石に、こちらも文句の一つくらい言ってやろうと口を開きかけたところで、カーティスが溜息交じりに手を振った。
「まあ良い。お前の顔を見るのは、どうせ今日が最後だからな」
そう言ってニヤニヤと笑う婚約者と、その隣で嬉しそうに頬を染めている女の態度に眉を顰める。
身構えた私に、カーティスはとんでもない爆弾を落とした。
「クリスティナ・シモンズ、お前との婚約は、今この場で破棄する」
「は、はぁ!?」
思わず後ずさった私の様子を満足げに眺め、カーティスはレベッカの腰を抱き寄せる。
「俺が愛しているのは、レベッカただ一人。王子とはいえ、愛していない人間とは結婚できない。だから俺の妻となるのは、レベッカしかいない」
「ごめんなさい、クリスティナ様……。ですが私も、カーティスのことを愛してしまいましたの」
「よもや愛し合う俺たちを引き裂こうとはしないだろうな? お前が何を言おうが、これは決定事項だ」
堅く寄り添う二人に、開いた口が塞がらない。
卒業するまでのことだと言ったのは誰だったのか。
レベッカはあれだけ何人もの男に囲まれておいて、何故卒業を済ませたこのタイミングで、よりにもよって私の婚約者を選んだのか。
頭が真っ白に染まっていく。
望んでもいないのに、無理やり握らされたくじ引きでハズレを引いたような心地だった。
「勉強や政治にかまけて、堅いことしか言えないお前に興味などない。俺ではなく、女友達の顔色ばかり窺って……レベッカのように愛嬌があれば、少しは違ったかもしれないものを」
「カーティス、そんなことを仰っては、クリスティナ様がお可哀想ではありませんか」
「本当のことだ。ハッキリ言ってやった方が、諦めもつくだろう。未練がましく縋られても、鬱陶しいだけだからな」
好き放題に言われて、拳を握りしめる。
私に、王太子になるために支えて欲しいと頼んだのは貴方じゃない!
貴婦人たちの集まりでは役に立てないから、自分の分まで頑張ってくれと言ったのも、卒業するまで近づくなと、嫌な気持ちになるのだと、私を遠ざけたのは貴方の方でしょう!!
目の前の浮かれ切った彼らを怒鳴りつけたいけれど、僅かばかりに残った令嬢としての矜持が邪魔をした。
睨みつけたいのを堪えて、顔を伏せる。
「このお話は、国王陛下もご存じなのでしょうか?」
怒りを抑えながら尋ねれば、私が挽回の道を探そうとしているとでも思ったのか、カーティスは一瞬顔を歪めた後、再びニヤリと笑った。
「無駄だ。侯爵には既に婚約破棄について書面を送っているし、今頃は到着しているだろう。父上に話すのはこれからだが、レベッカは奇跡の力を宿す聖女となる身で、ただの侯爵令嬢であるお前とは格が違うのだ。当然、お許しになるに決まっている」
その自信は、一体どこから来るの?
レベッカの甘い言葉を聞き続けて、勝手なことをしても大丈夫だと信じ切っているのだろうか。
下がりきった室温に、この部屋まで案内してきたカーティスの従者などは真っ青になって震えているけれど、彼らは何も感じないらしい。
「私と殿下の婚約は、国王陛下と我が父であるシモンズ侯爵が結んだもの。私や殿下に、それをどうこうする権限はございません」
「権限? 我が身のことを自分でどうにかするのは、当然の権利だろうが」
それができるのなら、アカデミー在学中に破婚するのは一組や二組どころではなかっただろうに。
奥歯を噛みしめて、言いたい言葉を呑み込む。
「……そう仰るのでしたら、結構です。私は陛下と父の決定に従います。ただ、聖女候補のレベッカ様を伴侶になさるのは――」
「それにつきましては、ご心配なく。ふふ、私たち聖女候補や聖女は、神に選ばれた者たち。神は寛大な御方ですので、結婚も許されているのですよ」
レベッカがゆったりとした口調で、私の言葉を遮る。
彼女の言ったことは聞くまでもなく知っている話であったし、そんなことを確認したいわけではなかったけれど、話はこれで終いだとカーティスが手をプラプラと振った。
「いい加減にしろ。それはお前が口出しすることではない。大人しく婚約破棄を受け入れて、帰って己の身の振り方でも考えろ」
「……そうですか。では、本日仰ったことを反故にするなどとは決して仰らないでくださいね。それではお二人とも、ごきげんよう」
去り際に吐き捨てた言葉は、負け惜しみのように聞こえたのだろうか。
「何があろうとそんなことは無い」と笑うカーティスの声が、閉まりきる前のドア越しに聞こえた。